ヘビ丸焼き

【クンター流カレン族生活体験 その②】

<サプライズ料理はお好き?>

 わがバンブーハウスの売り物のひとつに、「サプライズ料理」がある。つい先日も、ここに書くのがはばかられるような珍味が手に入ったので、ゲストの目をくらます闇鍋仕立てにして大好評を博した。完食後、その正体を明かしたところ、総員絶句、数分後には泡を吹いて悶絶する事態に・・・。

 むろん、真っ赤な嘘である。そんなことをしたら、わが零細宿などすぐさま潰れてしまう。第一、カレン料理は野山での食材調達から始める必要があり、短期滞在ゲストには無難な料理を用意することが多い。

 料理長のラーが豚骨ベースの洋風野菜スープなど供すると、「こんな山奥でこんな料理が出てくるとは思わなかった」と逆に驚かれるくらいだ。

 これまでゲストに試してもらった珍味といえば、せいぜい赤蟻の仔入り卵焼きくらいなもの。蜂の仔と同様の香ばしい香りとサクサクした歯触りが「オイテテ(カレン語でうまい)!」と喜ばれた。

赤蟻の仔

 だが、私のように村人として数年も暮らしていると様々なサプライズ料理に出くわす。村の衆の暮らしは基本的に自給自足で支えられているからだ。川魚、キノコ、タケノコなど尋常な食材はもとより、野山で獲れるあらゆるものが「食」の対象となる。

 私自身がこれまでに一番驚いた料理といえば、やはり冒頭に写真を掲載した「大蛇の丸焼き」だろう。胴回りは、男衆の太腿ほど。体長は3メートルを優に超えていた。

 焚き火で丸焼きにするのは、鱗を焼くためだ。胴体をぶつ切りにし、鍋用、保存食用などに仕分けてそれぞれの処理をほどこす。山刀の峰で肉と骨を叩き、各種の香菜、薬草と一緒に煮込んだトムヤム・ング(トムヤム味蛇鍋)は、鶏のささみと変わらぬまろやかな風味である。卵も、鶏卵をやや淡くしたような上品な味わいだ。

 雨季に入ると、棚田や沢で一斉に湧きだすカエル料理が食卓の主役になる。ぶつ切りにして野菜と煮込んだり、唐辛子、香菜、薬草などと一緒に小臼で搗いてタレにして、ゆがいた野菜をこれに浸けたりして食す。

 田んぼでは、大きなタニシも獲れる。ナムプラー入りのお湯でゆがき、山刀で叩き割ったお尻からチューチューと身を啜りだすのだ。

 雨の予兆を感じる夕べには、女王争奪戦に挑む羽蟻が無数に乱舞する。翌朝、電灯の下に置いた水を張ったバケツに降り積もった大量の羽蟻を醤油でぐつぐつと煮込む。佃煮に似た味わいで、ラオカオ(米焼酎)のつまみとしてなかなかによろしい。セミ、カブト虫、コオロギなど季節ごとの昆虫も唐揚げ用食材と化すこと言うまでもない

 私自身は腰痛持ちで猟銃は扱わないが、村の衆がときどき獲物の売り込みにやってくる。一昨年には、きわめて珍しい小型の鹿(キョン)が獲れて村中が大騒ぎになった。1キロ200バーツ(豚肉は140バーツ)とかなりの高値がついたが、肉には妙な臭みがあり、さほどうまいものとは思えなかった。

 いつぞやは、「虎の肉」と称して犬すらそっぽを向く得体の知れない料理を食わされたこともあったっけ。

 去年の暮れには、これまた滅多に獲れないムササビが持ち込まれた。見事な毛皮で襟巻きにしたいくらいだったが、私が目を離した隙に女将のラーは焚火で丸焼きにしてしまった。これが伝統的な保存法なのだが、黒焦げになったムササビはホラー映画の主役のようなすさまじい形相だ。

ムササビ

 これもぶつ切りにして、香菜や薬草と一緒に煮込む。風味は、子供たちが川辺に罠を仕掛けて獲ってくる野ネズミと同様、ちょっと癖のある鶏肉といった趣きであった。

 こうして書き連ねると、いかにもゲテモノ料理のオンパレードといった印象が残るかもしれない。だが、これらは村の衆にとっては貴重な栄養源、文字通り生きる糧なのである。

 狭い棚田での稲作で最低限一年分の米さえ確保すれば、おかずはどうとでもなる。米がなくなれば、近所の親戚連中に泣きつけばいい。

 飯どきに人の家の前を通りかかると必ず「アンミー(飯食ってけ)!」と声がかかる。むろん、こちらも人が通れば声をかける。

 従って、わが村で餓死志願者が望みをまっとうすることは、なかなかに難しい。

 現金収入は得難くとも、人としてどこかに懐かしさを覚える暮らしの有りようだとは言えまいか。               (次号に続く)


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