キノコ大猟

【クンター流カレン族生活体験 その⑥】

<わくわくキノコ中毒> 

 雨季に入ると、村の山々でキノコがワッと湧きだす。

「あの裏山に入った元村長が、飼料袋いっぱい採ってきた」

「3軒隣りの旦那が、市場に売っては焼酎をたらふく飲んでいる」

 そんな噂が飛び交うと、女将のラーが血相を変え、肩掛け式カレンバッグに焼酎と山刀をぶち込んで出撃命令を発するのである。

 われわれが足繁く通うのは、一族の長老が世俗を離れて一人暮らしをしている作業小屋の裏山だ。家のそばを流れる川を渡り、棚田の畦道をたどって歩くこと、およそ30分。牛の寝場所のそばにある彼の小屋脇をかすめると、雑木林へと続く小道が伸びている。標高は、ほぼ1,000メートルといったところだろうか。

 細い小道の両脇にちらほらとキノコの姿を見かけると、臨戦態勢に入る。目を見合わせて二手に分かれ、時おり声をかけ合って所在を確認しながら深い林の中に分け入って行くのだ。

 おーっと、さっそく枯れ葉の陰に愛らしい姿を発見。思わず鼓動が高まり、足も早まる。地面からにょっきり突き出しているのは、ヘットカイハーン(卵キノコ)。土から顔を出したばかりの姿は、まさに鶏卵そのものだ。

画像1

 7月から9月にかけてはこの種類がもっとも多いが、食べられるのは薄褐色と黄色のものだけで、白いものには毒があるという。

 傘が完全に開くと巨大になり、思わず手を伸ばしたくなるが、これはもう古くて食べられない。キノコに詳しい村の衆は、傘の開いたものには絶対に手を出さない。つい先月も、これに手を出した慌て者が二人ほど病院に担ぎ込まれたらしい。

 次に多いのが、一見汚れたサッカーボールのような色と形のもの。成長しても柄を伸ばさず、地面に丸い状態で張り付いたままだ。これも、村の衆は卵キノコと呼ぶ。

キノコ4

 女将はこれが採れると、すぐに小さなナイフでまわりをこそぎ落とす。内部に異変がないかどうかを確かめるのである。皮を剥いた里芋のように白くつるんとしていれば、問題はない。

 あとは、傘を開いた紅色のヘットデーン(赤キノコ)が多いが、これは悪路をバイクでかなり走った山奥まで行かないとたくさんは採れない。

 さて2時間もすれば、女将の大きなビニール袋はほぼ満杯、私の方は3分の1ほどになる。悔しい限りだが、これは視力と経験の差なのだから仕方がない、と言い逃れをしておこう。

 だが、両方を合わせると数日分のおかずにはなる。腰も少々痛んできた。なにせ、前夜の雨でぬかるんだ急斜面をゴム草履で歩き回っているのだ。

 女将のラーは底に滑り止めの付いた頑丈な長靴を履いているが、私はいつの間にか伝統的カレン族スタイルにすっかり馴染んでしまった。足の切り傷や擦り傷には、焼酎をぶっかければ済む。

 戻りに折りよく、小屋まわりの棚田で草取りをしている長老に出くわした。さっそく、キノコの鑑定を依頼する。

長老鑑定

 同じ卵キノコでも色味や形に微妙な違いがあり、判断がつかない場合もある。頼りになるのは、やはり自称98歳のこの人物だ。

 もっとも、彼はそんじょそこいらのモーピー(霊医・霊占師)なんぞよりもはるかに霊力が強く、胃袋も体も驚くほど頑丈だから、私の繊細きわまりない羽毛のような免疫力の参考にはあんまりならないのかも知れないのだが・・・。

 ともかくも、彼のお墨付きをもらったキノコだけを担いで山を下った。たらいに水を張って今日の収穫物を浸すと、赤、白、黄色、茶褐色。美しくも怪しいマッシュルーム・ワールドが広がり、あやうく精神世界にトリップしてしまいそうになる。

キノコ洗い

 これらを、女将がスポンジを手に一つひとつ優しく洗ってゆく。その手付きは、普段の男勝りの荒々しい言動からは想像もつかないものだ。

 昼飯用に、タマゴダケを蒸かして牡蠣油と醤油だけからめて炒めることにした。天然のとろみがついて、なおかつキノコの香ばしさが際立つ究極のシンプル料理である。

 ハフハフハフ。熱々のご飯にまぶすと、ああ、オイテテ!(カレン語でうまいという意味)。

 これだから、キノコ採りはやめられない。かくして、暇な番頭さんはすっかり重度のキノコ中毒患者になりましたとさ。

                       (次号に続く)

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