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箱推しだったアイドルオタクが「推し」に落ちるまでの話


13歳、特技はピアノ。

それが、今覚えている推しに関する一番最初に知った情報だった。

通っていた四人組地下アイドルグループから、メンバーの一人の卒業が発表された。
それと同時に、新メンバーの情報がホームページに公表された。
13歳、特技はピアノ。
私がこの情報から受けた印象は、「お育ちが良さそう」だった。
ある種、皮肉も含んでいた。
私には縁のない、上品な世界に生きている女の子なんだろう。そう思った。

当時、グループに推しはいなかった。
箱推しだった。
「今の四人」のそのグループが好きだった。
その四人が好きだった。
グループがその四人じゃなくなっても、私はグループを好きでいられるだろうか。
メンバーの卒業発表を見て、そう思った。

卒業するメンバーの卒業公演の日は、そのメンバーの生誕の日でもあった。
そんなお祝いムードと隠し切れない卒業しんみりムードが漂う中、
突然新メンバーのお披露目が行われた。
卒業メンバーが「ゲストがいる」と言い、誰かと電話を繋いだ。
電話越しに可愛らしい、少し緊張したような声が会場に響く。
電話の主がステージに現れた。
ゲストは、新メンバーだった。

この時が、私が初めて推しを観た時だ。

新メンバーは、あまりに小さかった。
小柄で華奢な現メンバーたちより遥かに小さく華奢で、今にもステージから消えて無くなってしまいそうな儚さすら感じた。
小さな声をマイクで拡張しながら、一生懸命現メンバーと話していた。
この子が新しいメンバーになるのか…。
その日は、それ以上の感情は生まれなかった。
卒業するメンバーを目に焼き付けることで精一杯だった。

メンバーが一人卒業した後もグループは活動を続けていた。
新メンバーが入っての「新体制」お披露目ライブ前のイベントには、新メンバーを含めない三人体制で出演していた。

たまたま三人体制でのイベントの日が、私の誕生日だった。
せっかくだしと物販で爆買いし、全員チェキを撮り全員からサインをもらった。
誕生日なんですと恥ずかしげもなく自己申告し、メンバーからハッピーバースデーを歌ってもらった。
この衣装を見られるのも今日が最後なんだな、と思った。
というのも、この日は三人での最後のライブ。
「新体制」のお披露目を、翌日に控えていた。

その翌日。
新メンバーを含めた新体制お披露目の日。

ライブの前物販ではすでに当然のように新メンバーの写真が含まれた生写真セットが売られていた。
友達のオタクが買った生写真セットの中には偶然にも新メンバーの落書き入り生写真が入っていて、ちょっと不格好なひよこを見ながら
あら、意外と画伯なんだねえ、と言い合ったのを覚えている。

その日のライブは、なんだか不思議な感覚がした。

新体制という今まで見てきたグループのかたちとは違うメンバーたち、楽曲は同じなのに何かが違う。
メンバー1人変わるだけで、こんなに違うのかと驚いた。
前からいるメンバーたちはもちろんステージ慣れした様子で、いつも通り自信ありげにパフォーマンスをしていた。

違うのは1人だけである。

四人の中でもとびきり小柄な女の子が、一生懸命、周りの先輩たちの様子を見ながら踊っていた。
緊張と不安を隠しきれず、少しおどおどした様子で練習の成果を披露している新メンバーである。
緊張するのも無理はない。
だって、今日ここに集まっている人はみんな新メンバーを見に来ているといっても過言ではないのだから。
視線はもちろん集中する。
いい意味でも、悪い意味でも。

先輩メンバーたちは、新メンバーのことを「短い練習時間の中で、すぐにダンスを覚えた」とほめた。

覚えはきっとよかったのだと思う。
その日披露した楽曲をちゃんと歌い、踊り切ったのだから。
ただ、素人目に見ても、上手とは言えなかった。

MCでも不安げな様子は隠しきれておらず、先輩メンバーたちがわちゃわちゃしているときもなかなか入れずにいた。
先輩たちにフォローされながら、なんとか輪に入れている。そんな空気。

その日は運営からもたくさんの発表があった。
新曲のことや、定期公演が始まること、SHOWROOMが始まること。
このグループをこれからこの新体制で飛躍させていきたい。
発表からはそんな気持ちが読み取れた。

その日の特典会では、全員握手の後に全員チェキを撮りに行った。

新体制に合わせて新調された新衣装に似たワンピースを着ていき、衣装に合わせてきたよ、と言ったらメンバーからわあわあとほめてもらった。(女オタの特権。)
その日のチェキは、メンバー四人が前のメンバーのワンピースの裾を掴んで一列に並ぶ新しいアーティスト写真に混ぜてもらう形で私が真ん中に入った。

新メンバーは私の後ろで、私のワンピースの裾を控えめに掴んで可愛らしく笑っていた。

それが推しとの最初のチェキ。

全員チェキのあとはツーショットチェキになり、新メンバーと初チェキを撮ろうと沢山のオタクが並んだ。
私はそのすぐそばでオタクたちと一緒に、たどたどしく挨拶をして、チェキを撮り、チェキの向きを運営に確認しながら一生懸命サインを入れる新メンバーを見ていた。
初々しくて可愛い、と微笑ましい気持ちで見守っていた。

その日のライブは、これからも楽しみだな、以外の感情は特に芽生えずに終わった。

詳しい時系列は覚えていないけれど、新メンバーが加入してまだ日が浅いある頃。
新メンバーの生誕祭が行われることが発表された。
加入してたった一か月で生誕祭。
おそらくまだファンもついていないのに。
私は「どうするんだろうな」と他人事だった。
きっと誰かが何かやるんだろう。
他人事でしかなかった。

SHOWROOMやら定期公演やら、変わらずグループを追いかける日々が続いた。
もうすぐ新メンバーの生誕祭。
アイドルの生誕の度に誕生日プレゼントを買っていたので、例に漏れず買いに行った。
買うものは決まっていた。
なぜか一切迷わなかった。
ブログで趣味はレジン、と書いていたから、レジンで使えるパーツを買った。
グループの楽曲を意識した猫の形のフレームや、中に入れるシェルパーツなど。なかなか自分では買うことのなさそうな、でも使いやすそうで可愛いものを自分なりに選んでみた。
私もハンドメイドは好きで、レジンには手を出していなかったものの、ものづくりが好きな共通点を見つけて「これなら絶対喜ぶだろう」となんとなく自信があった。
長いこと見ている先輩メンバーのプレゼントは悩んだり、これでいいのかと考えたりしたが、新メンバーへのプレゼントだけはなぜか即決だった。


生誕祭の日が来た。


生誕祭といえばどこの現場も同じようなものだと思うが、生誕委員という名の有志のオタクたちによりフラスタ、花束、メセカアルバムなどが用意される。
例に漏れずこのグループもそれが定番だったが、流石に加入して一ヶ月のメンバーに、費用的にも人員的にもなかなか用意できるものじゃない。

フラスタは立たなかった。
花束は小さなミニブーケだった。
アルバムは私もメセカをもらって書かせていただいたが、短い期間の中でどのくらい集まったのかは知らない。
まだ一ヶ月程度しか活動していないアイドルに対して、他の人がどんなメッセージを書いたのかも。

それでも、加入してたった一ヶ月の、まだどんな子かもわからない、メンバーたちですらおそらくつかみ切れていないだろう新メンバーの生誕祭としては十分すぎるものだったと思う。

生誕祭のイベントも、他のメンバーの生誕祭とは少し違っていた。
いつも主役のメンバーがソロでカバー曲を歌うのが生誕祭の定番であり見どころだったが、この日は違った。
最年長のお姉さん的メンバーが、新メンバーにむかって言った。
「今日は、みんなで歌いたい曲があるんだよね」
新メンバーが歌いたい曲をグループ全員で歌う。
私が初めて見たパターンだった。

1人で歌うことがまだ不安だったのか、運営の判断だったのか。
本当のところはわからないが、新メンバーが先輩メンバーたちに支えてもらいながら、その日のカバーは終わった。
ぼんやりと、あの子が1人で歌うところが見てみたかったな、と少し残念な気持ちになった。


イベントが終わり、特典会の時間になった。

全員握手に並んだ。
一番最初が、今日の主役の新メンバーだった。

特典券を渡すのと同時に、新メンバーへの誕生日プレゼントの袋を運営さんに渡した。

運営さんは隣にいた新メンバーの名前を呼び、私から受け取った袋を見せながら「プレゼントいただいたよ」と声をかけた。
それを受けた今日の主役は一瞬、うさぎが耳をたてるような、ピョコンと驚いた様子を見せ、

「ありがとうございます!!」

とすぐにキラキラした目でまっすぐに私を見た。

私が「レジンが趣味ってブログで書いてたから、レジンの材料にしたよ」と言うと、
さっきよりも大きく目を見開いて

「えーーーー!!えーーーー!!
嬉しい!!!」

と、またうさぎがピョコピョコとはねるような、愛らしい動きで喜んでくれた。


その時、私の中で何かが落ちる音がした。


さっきステージに立っていた女の子とは、いい意味で別人のようだった。
不安そうにステージに立っていたさっきより、断然こっちのほうが可愛いじゃんか。
この子、めちゃくちゃ可愛いじゃんか。

流れるように全員握手が終わり、ツーショットチェキの時間になった。

生誕祭なんだし、みんな今日の主役と撮りたいだろうから早めに並ぼう。
そう思っていたら、なぜか一番。
鍵開けになっていた。

今日の主役は、主役らしく小さなティアラをちょこんと頭にのせていた。
お姫さまじゃん。
本気でそう思った。

お姫さまにはブーケを持ってもらってチェキを撮った。

出来上がったチェキを見ての感想も、「お姫さまじゃん」ただ一言だった。

私の番が終わり、オタクの中に戻った後もずっと新メンバーがチェキを撮るところを見ていた。
ときどきこぼれるように「かわいい…」と言っていたような、いないような。


後から振り返れば、この時にはもう完全に推しに「落ちて」いたと思う。
でもなぜか、この頃の私は「推しでしょ」と言われても「いや、私箱推しだから」と頑なにそれを認めなかった。

結局私が推しを推しと認めたのは、この時から三か月ほど経ってからのことだった。


新メンバーの生誕祭が終わってからも、定期公演やイベントに通った。
その間に新メンバーともツーショットチェキを撮った。
チェキを撮り、サインの段階になると名前を確認され、そのたびに名乗った。
二回目のチェキでは少し申し訳なさそうな顔をしていて、なんだかこちらも申し訳なくなった。

新メンバーの生誕から一か月後には、新体制初のワンマンライブがあった。

この頃から、私は周りから「新メンバーのオタク」として認識され、扱われることが増えていた。

加入して約三か月。
お披露目の日に比べたら、少し成長した新メンバーがいた。
それでもまだまだやはり不安げで、ステージの両サイドにできた花道の片方にいる先輩メンバーを目で追いながらのステージだった。

その日のワンマンでは、チケットサインの特典があった。
周りのオタクからは、誰からもらうの、どうせ新メンバーでしょ、と冷やかされた。
いや迷ってるし、私箱推しだし、と言いながら、心はもちろん新メンバーに決まっていて、
他のメンバーよりも少ない新メンバーの列に並び、サインを書いてもらった。

一番列が短い、つまり人気がない。
入って日が浅いのだからしょうがないとはいえ、少し悲しかった。
でも私はこの時点でもまだ、なんの意地をはっているのか「推し」とは認めていなかった。

気が付いたらフェスの季節になっていた。
新体制でのニューシングルの発売も決定し、リリースイベントも始まり忙しくなってきた時期だった。

その年、とある夏フェスに出演が決まった。
たまたまシフトが休みだったし、近場だったので人生初の夏の野外アイドルフェスに行くことを決めた。

日焼け対策万全の状態で向かったフェスの会場。
グループの出演時間に合わせてのんびり到着し、一人でライブを観た。
ライブは可もなく不可もなく。いつもと同じだな、という印象だった。
むしろ、せっかくみんな可愛いのに個性がでていなくてもったいないな。
せっかくメンバーカラーがあるのに、みんな同じ色の衣装じゃ初めて見た人は何色が可愛い、とか言えないだろうな。
と、せっかくフェスに出られたんだから新しいファンを捕まえてほしい、という感情でもやっとしていたように思う。
1人もやっとしていたライブが終わった後オタクたちと合流したら、すでにこんがりと日焼けしていてすごく笑った。

その日のフェスには、特典会とは別にアイドルと一緒に釣り(といっても当然ガチ釣りではなく金魚のヨーヨー)ができる企画があった。

推しグループの釣りは閑散としていた。
集まっているのは私たちオタクを含めても、せいぜい10人前後。
オタク、いないね…。少ない人数で頑張って回さないと…。というオタク特有の意味わからん責任感のもと、みんなで短い列に並んだ。

一緒に釣りをするメンバーは指定できた。
私はもちろん、というのもおかしいけれど、新メンバーと一緒に釣りをしてもらった。
釣った金魚にはチェキ同様名前を書いてもらえたので私が名乗る準備をしていると、
目の前の女の子は私に名前をきくことなく、するすると金魚に私の名前を書いていた。

驚いた。そして、嬉しかった。
思わず「名前覚えてくれたんだね!」と言ってしまった。
その時なんて返ってきたのか、悔しいことに忘れてしまったけれど
オタクのところに戻ってから、名前覚えてもらったぞ!!今日は名前を覚えてもらった記念日だ!!と自慢をした記憶。
そのくせにまだ推しと認めないんだから、厄介なオタクである。


私が推しを「推し」だと認めたのは、比較的突然で、しかも大した理由もなかった。

リリイベの最終日。
当然のように私はいて、さも当然のように新メンバーとチェキを撮った。

当時、特典券とは別に、CD3枚購入ごとに一枚くじが引けた。
そのくじは例えばメンバーと痛いワニゲームができるだとか、メンバーが好きなものを語るところを間近で見られるだとか
メンバー自身が考えた特別なレギュレーションが書かれており、通常の特典会ではできないような面白いことができる魔法の券だった。
私のところには、なぜか自然と新メンバーの券が集まった(私が持っている推しメンの券と変えてくれというのも含めて)。

私はこの日、オタクから貰った券を使うために列に並んでいた。
私の手には一枚の券が握られていた。

「新メンバーに似顔絵を15秒で描いてもらえる券」。

券を出したら、新メンバーは「女の子描くの初めて!」と言った後、せっせと描いてくれた。
15秒はゆうに過ぎていたけれど、「できたっ」と言った後も「あ、ほくろ…」とこっそり描き加えていた。

描いてもらった似顔絵を見たオタクは全員もれなく爆笑した。
もちろん私も笑った。
アイコンにするんでしょ?と言われ、もちろんアイコンにした。

そしてその日に、いい加減認めた。

私、この子推しだわ。


生誕の日に感じた「何かが落ちる音」がなんだったのかを認めるまで、三か月かかった。

推しが決まった音。
推しに落ちた音だった。


私が現場に行かなくなって、約八ヶ月が経った。

推しは後三ヶ月で卒業してしまう。

卒業までに、一度でも私は推しに会いに行けるだろうか。
行っていいのだろうか。

直近のイベントのチケット申し込み画面を開いたまま、まだ購入を押せないでいる。


※2020年の1月に書いたものです。

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