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【一次創作】一夜の救出作戦【#ガーデン・ドール】

一週間とちょっと。
ボクは、ずっと引きこもっている放送委員の後輩……熊田の部屋へ、毎晩手紙を差し込んでいた。
グリーン特有の録音魔法を使った、声の手紙を。

今日も、録音をした手紙を持って行くつもりだったんだ。

魔法を発動しようとして、思い直す。
このままじゃだめだ。

その日は、何も持たずに3階へと向かった。


コンコン。

軽くノックをしてみる。
これだけなら、いつも手紙を差し込む前と一緒だ。

違うのは――

「熊田ちゃん、いるかい?」

――直接、そのまま話しかけたこと。

今までも、ノックに返事があったことはない。
それでも、もうこのまま放っておきたくはなかった。

いきなり扉を開けて中に入るのも忍びなくて、ボクはそっと手で筒を作り扉に当てる。
その手筒を覗き込めば、部屋の中を見ることができる。

イエローの、透視魔法だ。

「ん……暗くてよく見えないけど、熊田ちゃんは……」
「シャロンさん?」

扉にぴったりとくっつく形でいたボクに対して不審そうに声をかけてきたのは、ピンクの髪が特徴的なドール、メロディアだった。

「メロディアさん?どうしてここに……」
「どうして、はあたしも聞きたいんだけど……昨日、熊田さんいなかったから、ずっと見てないし気になって」
「ああ、ほとんどきみと同じ理由だよ。熊田ちゃんに出てきてほし」
「あれ?シャロン先輩にメロディアさん?」

偶然とはすごいもので。
次に鉢合わせたのは黒とオレンジのグラデーションな髪が特徴的なアイラだった。

「3階で会うなんて珍しいですね!5期生の子たちに用とかですか?」
「ううん、違うの。熊田さんの顔を様子を見に来たんだ」
「くまだちゃん?」

はて、とアイラも首を傾げる。

「……確かに、最近ずっとくまだちゃんの元気な声、聞いてないですね」
「最後に聞いたのは……休校になったその日の、朝の放送かな……」

あの時はまだ、異変に気付くことができなかった。
ギリギリの状態で、委員会の仕事だけこなしてくれていたのだろう。

ガーデンが休校となり、それすらも必要なくなって。
それから、シキくんのあれを……強制的に目の当たりにして。
ずっとずっと彼女は……

「うん、私も呼びかけたいです!だって、だってもう……」
「じゃああたしは他の子にも声をかけてくるよ。ずっと引きこもっていたならご飯とか用意しておいた方がいいでしょ?」

本当に、立て続けにいろんなことがありすぎた。
だからこそ力になりたいと意気込むアイラ。
そして、そういう時こそ冷静に、と提案するメロディア。

「二人とも……助かるよ。引っ張り上げよう、熊田ちゃんを!」

こうして、熊田救出作戦が開始された。



「くまだちゃん!!」

メロディアが協力者を探しに行った後、アイラがノックをしながら扉越しに声をかける。
その瞬間、

ガチャリ

と扉が開く音がしたが、それはアイラとボクの後ろからだった。

「あれ……アイラちゃんと、シャロンちゃん?」

熊田の向かいの部屋の住人、ヤクノジが自室から顔を出す。

「ヤクノジくん?」
「あっ、ごめんうるさかったかな……」
「ううん、大丈夫だよ。……くまだちゃん?」

意図に気付いたヤクノジが、心配そうに眉を下げる。

「うん……」
「僕も心配なんだよね……何か、僕にもできることある?」

ヤクノジは、いわゆる熊田の同期だ。
4期生と呼ばれるドールは、現在ヤクノジと熊田の2人だけになってしまった。
だからこそ、心配なのだろう。

「じゃあ!今メロディアさんがくまだちゃん救出後のご飯作ってくれる人とか探してるんだけど、ヤクノジくんどうかな!」
「うん、それなら僕も力になれそう。リラちゃんにも声かけていいかな、僕だけよりずっといいはずだから」
「ありがとう、ヤクノジくん」
「ううん、結局何もできてなかったから。力になれるなら嬉しいよ。その前に……」

申し訳なさそうな、少しだけ寂しそうな顔をしたヤクノジは、部屋から出てきて1階へと行く前に熊田の部屋の前に立つ。
少し控えめにノックした後、そっと声をかけた。

「今になって……って感じだよね。ごめん。でも、出てきて欲しいんだ」

それだけ伝えて、ヤクノジは階段の方へ向かい、降りていった。

その後もアイラと交互に扉に向かって声をかけていると、メロディアが他のドールと共に戻ってくる。
仮面のドール、ロベルトと、赤と青のメッシュが特徴的なドール、リツだ。

「リラさんとヤクノジさんとヒマノさんも居たんだけど、先にキッチンで料理とか用意してくれるって。ヤクノジさんは既に事情知ってたみたいだけど……」
「ああ、だって部屋がほら」
「そうか、お向かいか」

「状況は、いかがですか?」

簡単にメロディアと会話をした後、ロベルトが心配そうに聞いてくる。
その隣にいるリツも、心配そうに熊田の部屋の扉を見つめている。

「どうもこうも、って感じだね……」
「く〜ま〜だ〜さぁ〜ん!いないの〜?」

扉に向かってリツも叫ぶ。
それに続いて、ロベルトも扉をノックする。

「熊田さん! 声を聴かせていただけませんか?」
「熊田さん!大丈夫なの?返事して!」

ロベルトの言葉に続くように、メロディアも叫んだ。
心配なのは、みんな一緒なのだ。
口々に声をかける中、この騒ぎに他にもドールが3階へと上がってきた。

「みなさん、3階で何をされて……?」
「一体これは……」

ボクのいわゆる同期で、真っ先に守りたい大切な友人と、腹の内を見せあった戦友のような友人。
ククツミとアザミだ。

「ククツミちゃんに、アザミさんも……その、実は!」

ククツミとアザミに、熊田を助け出したいことを説明する。
二人とも、真剣に話を聞いてくれた。
心なしか、ククツミの肩に乗ってきたバンクまで、真剣な眼差しだ。
……バンクも、熊田のことが大好きだったのだから。

「みるくさん……本当に、あれから出てこれずに……」
「熊田さん……ずっと、心配ではあったのですけれど……」

ボクがアザミやククツミと話している間も、他のドールたちは扉に向かって声をかけ続けている。
そんな中、階段の向こうから……カエル?大きさからしてアマガエルだろうか。

……いや、このカエルの感じ。
ボク・・は知っている。
不自然な単眼のカエル。
きっと、もう一人の同期でボクを傷つけたくないと言ってくれたドール、ヒマノのものだろう。
1階にいるとは聞いていたが、心配でこの子を寄越したといったところだろう。

これだけの人数だ、みんなに踏みつぶされることがないようボクはそっとそのカエルを拾い上げて肩に乗せた。

「これじゃあ埒が明かないよ」
「……そうでした、確か熊田さんのお部屋って」

ため息交じりに言うメロディアの言葉に、何か思い出したククツミが言いかけたときだった。

「案外、開いてたりしないの?」

そう言ってリツが扉のノブに手をかける。

「あ、あれ?」
「開いたんですか!?」

そうなのだ。
熊田の部屋の扉は、鍵が開いている。

ククツミが言いかけたのも、そのことだったのだろう。
それはボクも知ってはいた。

知ってはいたのに……それを開ける勇気が、なかっただけだ。

「開くなら、入るしかないね」
「うん、入ろう!」
「あ、ちょっと……!」

「あら……この騒ぎは?」

何人かが熊田の部屋へと入っていく中、躊躇うボクの後ろから静かに声をかけてきたのは、大きなツノと独特な話し方が特徴的なドール、イヌイだった。

「イヌイさん……」
「どないしたん、こないみなさんお集まりで」
「実は……」

イヌイにも簡単に説明をする。
その間も、部屋の中からは熊田がいない、熊田はどこ、と言った声が聞こえてくる。

「なるほど。ほいで?あんさんは行かんでええの?」
「あ、うん……!」
「あたくしがお外におるさかい、他の子ぉが来たら説明しましょ。お部屋ももうぎゅうぎゅうやろ」
「いつもありがとう、イヌイさん……!」

外はイヌイに任せて、ボクも部屋の中に入る。
大して大きくはない部屋なのに、熊田の姿が見当たらずみんな困惑している様子だ。

「ま、まさかくまだちゃんもいつの間にか失踪して……」
「そんなまさか……でも……」

ナイトガーデンカードさえ持っていれば、夜間に外出しても罰則にはならない。
罰則にならないまま外出し続けているのだとしたら、誰も分からないのだが……。

「いえ、確かに気配はあります。この中に必ず……」
「……バンクさん?」

ククツミの肩から、バンクが飛び降りる。
それを見たのか、ボクの肩に乗せていたヒマノのものと思わしきカエルも飛び降りた。

「バンクさん……何か見つけて……?」

その場にいる全員が、バンクの動向を見守っている。

バンクが、ぺしょぺしょとしょげた顔でベッドの下から何かをずりずりと引きずり出す。

「緑色の……?」

ククツミがしゃがみ込んでベッドの下をのぞき込む。

「熊田さん!?」
「まさか、ベッドの下に!?」

ベッドの上のくしゃくしゃになった布団が垂れ下がって目隠しとなり、まさかそんなところに入り込めるとも思っていなかったドールたちにとって、まさしく灯台下暗し、だったのだ。

「ごめんなさい、ちょっと失礼します」

ロベルトが一歩前にでる。
ベッドに触れ、下にいるであろう熊田を傷つけないよう慎重に浮遊魔法でふわりとベッドを持ち上げる。

埃にまみれ、いつから動いていないのか分からないほどぼろぼろになった熊田が、そこにいた。


みんなが一斉に熊田に駆け寄る。
ベッドを持ち上げていたロベルトは、そのままベッドに縮小魔法までかけてからそっと横に下ろす。

熊田は丸くなったまま、一向に動く気配がない。
みんながどうしようとざわざわしている中、駆けよってきたのは

「な、何事ですか?」

教育実習生のグロウだった。

「ああ、教育実習生はん、ちょっと……」

騒ぎに困惑しているグロウに、イヌイが声をかける。
その間にバンクが熊田の頬に、すり、と自身の額を擦りつける。
その瞬間、少しだけ熊田が身じろぐ。

「んん……」
「熊田ちゃん!?」

ボク以外にも、その場にいる全員が、熊田に声をかける。

「え、っと……」

ぼんやりとして思考がはっきりとしていない様子の熊田を、全員が見守る。

「み、みるくさん!えと……その……」

一歩前に出て、アザミが何か言いたげに声をかける。
ただ、次の言葉がなかなか出てこないようだ。
のそり、とそちらへ顔を向けて、熊田はゆっくりと首をかしげる。

「だれ……だっ、け……」

熊田の発した言葉に、その場にいた全員が息を飲んだ。



「熊田さん、いかがですか?」

一斉に静かになったせいだろうか。
心配そうにグロウが入り口付近から声をかける。

「あ……それが……」

熊田が「誰?」と言葉を発した後、しばらく誰も動けなかった。
そんな中、ククツミが静かに話しかけ、幾つかのことが分かった。

どうやら、だいぶ記憶が混濁している様子であること。
この中だとボクとククツミのことは、かろうじて分かる様子であること。
(これは恐らく、以前の交流が多かったからだと思う)

そのことを掻い摘んでグロウに説明する。
横で静かに、イヌイもその説明を聞いていた。

「そんな……私がもっと早く保護できていれば」
「まあまあ教育実習生はん。今そない言うてもしゃあないやろ。……一旦、綺麗にしてあげたほうが良さそうやね」

埃にまみれた熊田の様子を見て、イヌイが言葉をこぼす。

「ええ……まずはシャワールームで埃を落としましょう。熊田さん、立てますか?」

ククツミが、そっと声をかける。
アイラやメロディアも熊田の体を差さえる。

当の熊田自身は、体に力が入らない、といった様子だ。

「ボク先にシャワーの準備とかしてくるよ!」

みんなにそう告げて、ボクは部屋を飛び出すと、先に1階へと降りていった。

静かに決意を固めるドールがいることを知らずに。



「っとと、あとは……!」
「シャロンさん!」
「あ、リラさん!」

シャワー室へ駆け込もうとしたボクに声を掛けたのは、緑色の髪と一回り体格が小さいのが特徴のドール、リラだ。
その後ろからヒマノやヤクノジもやってくる。

「その、みるくさんどうですか……?」
「なんだか大変そうなのは見え・・たんですけどー」
「くまだちゃんが好きそうなの、沢山作ってるよ」
「実は……」

ボクは三人にも現状を説明する。
想像以上の状況に、三人とも少し顔が暗くなる。

「そんな……どうして熊田さん……」
「私、シャワーのお手伝いしますね。お料理任せてもいいですか、ヤクノジさん」
「うん、勿論。僕にはちょっと出来ないことだし……よろしくね、リラちゃん」

そうして、ボクとリラはシャワーのためにタオルや着替えの準備に奔走した。
その間にゆっくりと、支えられた熊田と他のドールたちが降りてくる。

「熊田さん!」

ずっと我慢していたのだろう。
1階に降りてきたヒマノが熊田に声をかける。

「ヒマノです。…お腹すいては、いませんか?」

それでも、熊田はゆっくりと首をかしげるばかりだ。

「私のことは、分かりますか?」
「えっと……」

ゆっくりと静かに尋ねるリラに対し、熊田はぼんやりと考えるような動作をする。

「リラ、さん?」
「ふふ、そうです、リラです。…一度体を温めて、おいしいものでも食べましょうか」

リラのことも、覚えていたようだ。
リラとの間にも、印象的な交流がきっとあったのだろう。

「では、シャワーは私とシャロンさん、リラさんでお手伝いするのが良さそうですね」
「うん、そうだね……」
「私たちはあちらLDKで待っていることにしましょう。お料理なども手伝いたいですし」

「シャロンさん」

ロベルトの声かけで、ボクらを残して他のドールたちがLDKへ向かう中、ヒマノだけがその場に残りボクに声をかける。

「どうしたんだい?」
「これ、ボーロ……さっき作ったものです。熊田さん、よく食べてくださったので。シャワーから上がって食べられそうなら、渡してくれませんか?」
「なら直接……」
「あまり負担をかけるのもよくないですしー、いまは、すこしでも熊田さんが安心できるドールからの方がいいと思ったのでー」

そう話すヒマノは、どこか寂しそうだ。
ボクはしっかりとボーロを受け取る。

「……あの子が元気になったら、また一緒に遊ぼうか」
「!、ええ、ぜひ」

少しだけ笑って、ヒマノもLDKへと戻っていった。



「じゃあみるくさん、制服、脱がせますよ?」
「ん……」

相変わらず、熊田の反応は薄い。
それでも言われたことには素直に従っている。

シャワーを手伝う中心となっているのはリラだ。
普段からいろんなドールの世話を率先してするリラは、こういうことが得意なイメージもある。

ククツミも体を支えながらリラと一緒に制服を脱がせたり髪を解くのを手伝っている。
ボクにできるのは……脱いだ制服の埃を払って、丁寧に畳むことくらい。
なんだか不甲斐ない。

「ゆっくり、シャワーしますからね」

丁寧にお湯の温度を確かめてから、シャワー室に座り込んだ熊田にかけていく。
その横で、ククツミはタオルで石鹸を丁寧に泡立てている。

「わたし……どうしたん、ですかね……」

シャワーの音で搔き消えそうなくらい小さな声で、ぽそりと熊田が呟く。

「……熊田さん?」
「なにも……なくなっちゃったみたい、で……」

きゅっ、と熊田が膝を抱える。
その間も、リラが優しくシャワーのお湯をかけていく。

「リラ、さんと……ククツミ先輩、と……シャロン先輩と……ほかの子とも、どんな話をしたんでしたっけ……」

「だれが……いましたっけ……」

耳を澄ませていないと分からないほど、消え入りそうな声で熊田の口から弱々しい言葉がぽろぽろと零れていく。

「あんなに、たくさん……いたのに……わからなかった……」

以前の元気な姿からは想像できないほど、弱々しく。

「……これも、」

そっと、熊田は腕にはまっている紫色のミサンガを撫でる。

それが何であるか、話には聞いている。
その紫色は、よく知っている。

「誰かから、もらったような……大事、だったような……」

優しくククツミとリラに髪を洗われながら、その間もずっと、そのミサンガを撫でていた。

「……どうして忘れてしまったのだろうと思ってしまう気持ちは……よく、分かります。忘れてしまったことを想うことは……苦しい、ですよね……」

ククツミがポツリポツリと話す。
ククツミが、忘れてしまっていること。
……ボクが、言えずにいること。

「でも……。忘れてしまっても……なくなったわけではありません。新しい思い出と……こぼれてしまった、今までの思い出も。これから……心の中に、入れていきましょう。まだきっと……たくさん、たくさんありますよ」

ふわりと、ククツミが笑って話す。
心からの、そして懐かしい笑みを浮かべているククツミを見て、ボクの心が少しだけ痛む。
少しだけ目を背けたボクには気づかなかったようで、ククツミの隣のリラも優しく笑う。

「ゆっくりで、いいんですよ。私にできることなら、なんでも力になりますからね。みるくさん」
「ボクも、力にならせてよ。熊田ちゃん」

ボクは、二人のようにちゃんと笑って話せているだろうか。
不安はあるけれど……言葉は届いたようで、こくり、と熊田は小さく頷いた。


ひとまず余っていたボクの部屋着を熊田には着てもらい、丁寧に髪をタオルで拭く。
水が滴らなくなったところで、LDKへと一旦誘導する。

テーブルには沢山の料理が並んでいたが、ひとまず熊田をソファに座らせる。
暖かい飲み物と、ヒマノが手渡してくれたボーロだけ、目の前に置いた。

LDKで待っていたドールたちが心配そうに見守る中、そっとヤクノジが近づいて、触れてもいいか熊田に尋ねる。
こくり、と小さく熊田が頷いたのを確認してから、濡れたままの熊田の髪に優しく触れた。

「このままじゃ、綺麗な髪が勿体ないからね」

そう言ってヤクノジは熊田の髪に疎水魔法をかける。
みるみるうちに残りの水分が滴り落ち、それを器用に肩にかけていたタオルで受け取っていく。
程よいところで魔法を解除すれば、緑と紫のグラデーションの髪が、ふわりと流れる。

「うん、これでよし」

「みるくさん」

そっと離れたヤクノジと入れ替わるようにして、アザミが熊田の元へと歩み寄る。
ゆっくりと正面に周り、目線を合わすようにその場にしゃがむ。

「みるくさん、覚えてますか? 私のクリスマスプレゼントがあなたに届いた日のことです」

その目は真っ直ぐ、熊田を見つめていた。

「あなたはあのプレゼントを心から喜んでくれましたよね。どういうものが知ってもなお、心の底から喜んでくれましたよね」

ポツリポツリと、アザミが言葉にしていく。
ボクらは、それをじっと見守る。

「もちろん、私なりに考えたプレゼントでした。でもきっと、ほとんどのドールは気持ち悪がるか、怖がるでしょう……今考えると、私でもちょっと引きます」

アザミは自嘲するように笑い、穏やかな表情で続ける。

「……正直、嬉しかったです。あなたはモノよりも、モノに宿った気持ちを大事にしてくれました。それが嘘じゃなかったっていうのは、今あなたが身につけてるものをみたらわかります」

シャワーの間も、そっと撫でていた紫色のミサンガ。
その紫色は、今熊田の目の前で話すアザミの髪と、まったく同じ色。

アザミとの交流は、まだ浅かったのかもしれない。
それでも、手放さずに、身に着け続けていたそれ。

「あの時、どうしようもない引きこもりの手を取ってくれたのは紛れもなくあなただ。光の元に連れ出そうとしてくれたドールの1人——今度は私の番です」

アザミが、髪飾りにしていたツノを外す。
それは、ボクらに大きな爪痕を残していったドール……シキの、忘れ形見。

「これ、シキさんのツノです。彼がこの世に存在し、どんなに傷ついても前に進み続けてきたことを証明するものです」

アザミはどこか寂しそうな目をツノに向け、再び熊田に視線をあげた。

「これは、あなたが持っていてください」

間違いなく、これはアザミにしかできないこと。
この場にいるドール全員が、それを分かっていた。

「ちょっとだけ……ほんの少しだけ、手放すのは惜しいです。私にとっても大事なモノですから。でも——」

アザミは目を瞑り、ツノを握りしめる。
それはシキが残したものに対する最後の躊躇。
アザミは微笑みながら続けた。

「——彼が羽を休める止まり木は、私よりもあなたのほうが相応しい。シキさんが帰る場所は平和を愛するあなたの方が良いと思うんです」

彼……シキの残した『やっと止まりたい場所を見つけた』という言葉。
その場所はきっと自分ではない——アザミは、彼女はそう思ってるのだろう。

「……ああ見えて、平和を求めてましたからね。彼」

ただ帰るべき場所に戻るだけ——

そんな風に言ってるようにも見える。

それに——とアザミは続けた。

「私は、カタチがない大切なものを……前に進むための力を、たくさん貰いましたから」

そう言って、アザミは髪飾りにしていたツノを差し出した手と反対の手で、自身の胸元のリボンに触れる。
蝶を模したような黒いリボンと、炎のようなブローチ。
それだけでも充分だと、アザミは告げる。


アザミの言葉を聞いて、そっと熊田がツノの髪飾りを受け取る。
ぽたり。

熊田の手の中にあるツノに1粒の雫が落ちる。

髪も乾かし、身体も拭いた。
その雫はもちろん、シャワーで濡れたままの水なんかじゃない。

「あれ、なんで、わたし泣いてるんでしょう……」

熊田自身の、涙だった。

「わからないんです……わからない、のに……」

一度零れだした涙は、ぽたりぽたりと零れて止まらない。

「なんでっ、こんなに……」

傍にいた、ククツミとリラがそっと熊田を抱きしめる。

「ゆっくりでいいんです。少しずつ取り戻していきましょう。今度はきっと、あなたが倒れないように、彼が支えてくれますから」

ツノを握る熊田の手を、一瞬のためらいの後、そっとアザミが優しく握る。

ここまでくれば、本当に、ボクにできることは何も。

でも、大丈夫。
まだ時間はかかるかもしれないけれど……心配ない。

――想いはちゃんと、繋がってるよ、シキくん。


Special Thanks:アザミ



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