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【一次創作】破壊の痕、円い月【#ガーデン・ドール】

B.M.1424 3月25日

知ったところで、伝えられない。
ならば、知識を追い求め続ける意味はあるのだろうか。

いや、必ず。
必ず意味はあるはずなんだ。

そう自分自身に言い聞かせ、新たに届いた情報に目を通す。

【太陽の種の研究結果】について。

「……ははっ、だからあの時……」

その内容に、思わず自嘲し言葉が漏れる。
ボクが生み出した単眼の小動物――今日はアイアイという小型猿だ――は、じっとその様子を見てくる。
こいつには自我はないので、ただの命令待ちであるのは分かっているのだが、こうも見つめられてしまうと何かを見透かされている気がしてしまう。

「……ごめんフード入っててくれるかい?」

困った末にそう告げれば、それは大人しくボクのフードの中へともぐりこむ。

「進まないと、な……」

椅子に深くもたれて、ふう、と息を吐く。

端末には、申請受理の文字が浮かび上がっていた。


レリックの懐中時計、望遠鏡、ノートと鉛筆に、縮小した武器。
それらを鞄に入れて、部屋を出る。

今日の目的はワンズの森だ。

「行こう、きみの友達を探しに」

鞄に付けた"ちいさないきもの"のキーホルダーに触れる。
フードに入れたままの小動物がもぞりと動いた。

今までは申請してまで立ち入ろうとは思わなかったワンズの森。
目的のものは、どうやら奥地にあるらしい。
森というだけあって木々が鬱蒼と覆い茂る。
この森の中に来たのは冥奏魔機構獣こと、ヘルスパロットの討伐以来だろうか。

以前のボクでなくとも、道も整備されていないこんな場所では迷子になってしまいかねない。
森に入ってから、"単眼の小動物"には木に登ってもらい、上から道を探してもらっている。

とはいえ、幸いヘルスパロットが呼び出していたような大型の動物は実際には存在しないと聞いている。
よほどのことがない限り安全といっていい……

ガサッ

「!?」

近くの茂みが揺れる。
その揺れ、音は小動物が動いたにしては大きい。

警戒はするに越したことはない。
変異魔術で右手をカマイタチに変え、ゆっくりと近づく。

すると向こうもこちらに気付いたのだろう。
ひゅっ、と音を立てて鋭い刃が空を切る。
すんでのところで後退って避けることができたが、この動きは動物のものではない。

そこにいたのは……よく知った紫色の髪。よく知った赤から紺のグラデーションを持つ羽。

「も、もしかしてアザミさん!?」
「え……シャロ、さん?」

"腹を割って話した"ことも記憶に新しいドール、アザミだった。

「で、こんなところで何していたんだい?」
「いえちょっと……サバイバルぅ?」
「どうして疑問形なんだい……」

最近何かと活発的なアザミではあるが、森で出くわしたのは完全に想定外だった。

「そんなシャロさんは、何故?」
「ボクは……探し物があって」
「探し物ですか……」
「ワンズの像、アザミさんは見ていないかい?」
「わん……?」

ボクの言葉に、アザミがはてと首を傾げる。
この様子から少なくともアザミがボクの目的のものを見ていないことが分かった。

「なるほどまだ奥か……ボクの目的はもっと森の奥なんだけれど、一緒に行ってみるかい?」
「正直なんのことだか分かってないですけど……」

そう言いながらアザミが頷く。

「ところで……アザミさんいつからここに?」
「昨日からですね」
「えっ、食事は?」
「森に生えていたキノコを……」
「食べたのかい?」
「食べて、大地へ戻しました!」
「どうしてだい!?」

本当になぜアザミはこんなことになってしまったのだろう。
ワイルドになるにもほどがある。
自分で望んで変わったとは言っていたけれど、図書室の端で本を読んでいるところを見かけるだけだった彼女がなぜ……。
その一端をこの数日後に知ることになるとは、この時は思ってもいなかった。

その後は記憶に新しい偽神魔機構獣のことから始まり過去出現したマギアビーストのことを中心に話しながら奥へ奥へと進んでいく。

「と、いうわけでレリックとビーストの関係、は……あ、あれ?」

会話の途中で、違和感に気付く。
間違いなく、先ほどまで隣にいた、会話をしていたドールが……アザミが、いない。

「アザミさん!?」

辺りを見回す。
"単眼の小動物"と視覚共有もして探してみる。

いない。
忽然と、姿を消した。

いや、これは……

「しまった……アザミさんに悪いことを……!」

ボクはすっかり忘れていたのだ。
今まで森に入ろうなんて考えたことがなかったから。

森の奥まで来れるのが、現状恐らくボクくらいだということを。


一方その頃アザミは……

「え?へあ!?しゃ、シャロさん!?」

アザミからすれば、シャロンの方が忽然と姿を消したように見えていた。

"あのドールが他者を置いていくはずがない、きっとあれはそういった類の何かに化かされたに違いない。"

そう自分に言い聞かせ、キノコやモルモットなどの小動物で食いつなぎ、時に森へ栄養を還元しながら最初に作り上げた自分のささやかな城へとたどり着いたのは、ほぼ丸一日後だったという。


「……仕方ない、アザミさんには後でちゃんと謝ろう……」

一緒に行こうと言ったボクが悪かった……
後悔していても仕方がない。
前向きにとらえれば、ここから先は通常のドールでは立ち入れない区域となっているということだ。

……本当にそんなことのためにアザミに同行をお願いしたわけではないのだけは分かってほしい。

"単眼の小動物"が木を伝ってボクより少し先を行く。
それらしいものを見つけたら視覚共有をするよう命令済みだ。
ボクもそれを追いかけるように草むらをかき分けてさらに奥へと進んでいく。

少し日が傾いてきたかな、と思った時だった。
ぐらり、と視界が揺れる。
視覚共有がなされ、片目だけ見えている景色が変わってしまったことによる症状だった。
慌てて両目を閉じて共有された視界を確認する。

「……そんな!」

視覚共有を切り、少し駆け足でそちらへと向かう。

そこには、先に辿り着いた"単眼の小動物"と……崩れた像が佇んでいた。
足元と、尻尾の先と思われるものを残して、元の姿が分からないくらいに、崩れてしまっていた。
自然に崩れたというより……破壊されているようにも見える。
しかし、台座にはしっかりと、【ワンズ】と彫られている。

「こんなことって……」

いつだったか。
誰かに見せてもらった"まじゅう"のキーホルダー。
神話の本に付随してきた、今ボクの鞄についている"ちいさないきもの"と対となっているキーホルダー。
ボクの記憶が正しければ、それの足元と酷似しているように思う。

つまり。

ちいさないきものは、ウィズ。
まじゅうは、ワンズ。

それで、間違いはなさそうなのだ。

「修復、は……難しそうだね……」

崩れてしまってからどのくらい経っているのだろうか。
今のドールたちではここには来れない。
かといって、この像を破壊できるような生き物だって、今の森にはいないはずだ。

「……見れて、よかったよ」

そっと台座に触れて、そう呟き、ボクは踵を返した。
木々の隙間から差した夕日を反射して、"ちいさないきもの"のキーホルダーが控えめに光った気がした。


ワンズの森から抜けた頃、あたりはすっかり暗くなり、空には真円の月が……満月が、登っていた。

前回の満月の日、ボクは大切な友人をこの手にかけた。

事前に約束をしたわけでもなく。
急に告げて。
勝手に告げて。
一方的に告げて。

『だいじょう、ぶ。許さない……よ。だか、ら……。……大好き、だ……よ…………。』

いつでも、思い出せる呪い。
解けることのない、呪いの言葉。

「今日ククツミちゃん一人にしてしまったけれど、大丈夫だったかな……」



この時のボクは、知らなかったんだ。
またあの子が、傷ついているだなんて。
またあの子が、泣いているだなんて。

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