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【一次創作】クロスする思惑【ガーデン・ドール】

B.M.1424 4月6日 夜

LDKに誰もいない、夜のこと。

シャロンボク】という存在として一番古い記憶の時からいる、幼い友人からとあることを申し出られた日の夜のこと。

LDKで何か飲みながらここ最近のことを手帳にまとめておこうと、そう思っていただけだった。
こんな時間にそうそう起きてくるドールもいないだろうと。

その油断が、あんなことになるとは思いもしなかったんだ。


「…………あ、れ……」

いつの間にか寝てしまっていたらしい。
眠くなりにくい珈琲ではなく、ココアにしたのが良くなかったのだろうか。
手帳に書き留めたことを振り返ってみているうちにうたた寝をしてしまっていたようだ。
ポケットに入れていた時計を見てみれば、あと10分ほどで日付が変わろうとしていた。

これではよくないと体を起こして……違和感に気付く。

ない。
手帳が、ない。

「おやァ?お目覚めですか、ロンさん?」

慌ててきょろきょろと机の上を探すボクにかけられた声。
何とも言えない、特徴的な声。

「あ、え……ジオ、くん?」

声がした方を見ればソファに座りこちらを振り向かないままひらひらと白い袖を振っている。
最後に見かけたとき、彼は袖が余るくらい大きな白衣を羽織っていたからそれの袖だろう。

「起こしてくれればよかったのに……ところで、この辺で手帳とか見なかったかい?」
「お探しのものはこれですかァ?」

顔を見ていなくても笑っているのが分かるくらい楽し気な声と共に掲げられたのはまさしくボクの手帳。
空色に染まった革のカバーがついた手帳だ。
それが、今まさに読んでますと主張するように開いたまま掲げられ、ゆらゆらと揺れている。

「あ、ちょっとそれ!!」
「いやァ……実に面白い読み物でしたよォ。後半は何故か読めないものが多くありましたが、それ込みで面白い。『生徒人形指導用無機系総括学習AI』にィ?知恵の種のくだりも興味深い。仮説と考察と確定事項が混じっている点は大目に見るとしてェ……噂は伺っていましたが、ロンさんが此処まで情報を集めているとはねェ?」

パタン、とわざとらしく手帳を閉じる音を立ててからジオがゆらりと立ち上がり、ようやくこちらを振り向く。

「噂って……誰、から……」
「んー?先日溶けた、あの方から」

それだけで、誰のことかは分かった。
充分すぎるほどに。

「シキくんか……」
「えェ、ちょうど彼の方が消える数日前に話す機会がありましてねェ。ガーデンや箱庭が楽園であることについての話をした際にロンさんのお名前が上がったもので、気になってたんですよォ」

かけている分厚い眼鏡で目の表情は分からなくとも、その口元は少なくとも大きく弧を描いていた。

「……そうかい。とりあえず、その手帳、返してくれる?」
「取引をしませんか」

クックッ、と喉を鳴らしながら目の前の彼が笑う。

「取引?」
「貴女、まだまだ情報が足りないという顔をしてますねェ?」
「なんの、話を……」
「小生がァ、貴女にできないことをして差し上げますよォ?」
「……なんだって?」

言っている意味が、分からない。
それでもジオは愉快そうに笑いながら語るのをやめない。

「小生なりに観察してきたところ……貴女はだいぶお優しい。そして何か抱え込んでいる。特定のドールを心配そうに見ていたり、不意に優しい目をしてみたり。廃棄、処刑……それぞれ見る目が少々異なったことも気になりますがァ、共通していたのは『センセー』へ向ける視線ですかねェ。あ、それは皆さん似たようなものかァ」

ボクが、優しい。
そんなものじゃない。
ボクは、優しくなんて……。

「そこで、です。きっと気になっているけれど貴女自身ではやれないこともあるのでは?」
「それは……すぐには、思いつかない、けど……」

廃棄処分も、
公開処刑も、
最近見たばかりだ。

誰かを犠牲にしてまで知るようなことは今は思いつかないけれど、踏ん切りが付かないことも、今後出てくるであろうことは違いない。

「小生、近々歩みの本に書いてある記号の意味を『センセー』に聞いてみようかと思ってましてねェ」
「歩みの、本?」

歴史が書かれていた本だ。
もちろん気になることもたくさん書かれていたけれど、どちらかというと神話の本ばかりに目がいっていた。
……言われてみれば、ところどころ記号になっていて分からないものがあったっけ。

「まァ、まずは此方を読ませていただいたお礼とでも思ってくださいよォ。小生がこれから知ることを教えて差し上げます。……悪くないでしょゥ?」

そう言って笑う彼を見て。
初めてボクは、ドールに対してこんな感情を抱いた。

これは、悪魔の取引だと。

……でも。

「……考えておく」
「まァ、今はそれで。小生が必要になったらいつでもお呼びくださァい」

そう言いながら手帳を渡し、ボクを置いて彼は扉の方へと歩いていく。

「貴女には親切にしておいた方が、面白いものが見れそうだァ……それでは、よい夢を?」

そう言い残して、部屋を出ていった。

「ただの変なドール……では、なさそうだね」

ふぅ、と思わずため息を吐く。
明日は大切な日だ。
ボクではなく、幼い友人にとって、大切な。
余計なことを考えるのはやめよう。


ボクは、ひとり静かに自室へと戻った。


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