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【一次創作】参。教育実習生と釣りに興じる【#ガーデン・ドール】

貴方は。
光の中の。
闇の中の。
白の中の。
黒の中の。
灰の中の。
そこにいる貴方は。

誰だ――――。



何やら多くのドールの感情へ爪痕を残した事件から数日後。
其のドール、ジオはいつもと変わらない調子で日常を過ごしていた。
否。寧ろいつもより機嫌が好いとまで言えるだろうか。

その日、其のドールはとある申請を行った。
【釣り具を貸していただけます?
 できればセットで……2セット分。海で釣るのでそれに適したものだとなおよしです。】

その申請はすぐに承諾され、翌朝には自室まで届けられた。
それらを持ち、教育実習生こと、グロウの部屋の前までやってくる。
本来の機能をもたない眼鏡をかけ、こんこん、と軽く扉を叩き相手が出てくるのを待った。
程なくして、その扉が開かれる。

「こんにちはロウセンセー!」
「はい、ジオさんこんにちは。それは……釣り道具ですね?」

其のドールが持つ道具を見て、以前釣りに誘われたことを思い出したグロウは尋ねる。
当のジオは話が早くて助かるとばかりに、にたり、と口角を上げて頷く。

「えェ、そのとォり。お約束通り釣りのお誘いですよォ。いかがです?」
「はい、もちろんご一緒させてください!釣りは初めてなので、うまく釣れるか楽しみですね!」
「小生も知識しかありませんで……うまくいくといいですねェ!では参りましょうか」

其のドールの心中など露ほども知らず、教育実習生グロウは無邪気に燥ぎながら付いていくのだった。



「これが海ですか……!!」

他愛もない話をしながらしばらく歩けば潮の匂いが鼻につく。
眼前に広がる海にグロウは目を輝かせ、流石のジオでさえ重たく分厚い眼鏡を持ち上げてほう、と感嘆の声を漏らす。

「海も初めてです。ジオさんは海に来たことはあるんですか?」
「いいえ?今回初めて来ましたよォ。なるほどこれは想像以上ですねェ」

二人並んで暫しの間、此の箱庭の中でも一等大きいエリアとなる場所を眺めていたが、本来の目的のためジオは口を開く。

「さて…釣りができそうな場所を探しましょうか」
「釣りができそうな場所……どういうところが良いんでしょうか?」
「糸を水中に入れなければいけないかつ、魚がいる場所まで放れる場所……」

二人は周囲をきょろきょろと見回す。
如何せん、二人揃って釣りは初心者。
好い釣り場というのも解らない者同士である。

「……あとは波で濡れない場所がいいですね」
「波は……ある程度仕方がないでしょうねェ」
「じゃあ……あの辺りはどうでしょうか?」
「おや、良さそうですねェ!」

適度な足場がある波打ち際。
それをグロウが見つけ、ジオは同意した。

「……こういう時はブルークラスの歩行魔法がほしくなりますねェ」
「うーん、私は魔法は使えないので……」

その言葉に、意外だったとジオは片眉を僅かに上げた。

「おや、ロウセンセーは魔法が使えないので?他のセンセーやバグちゃんはどうやらお使いになれるようですが……」
「はい、私は魔法が使えないんです。魔法を教えるためではなく、メンタルケアのために来たからですかね?」
「そうなんですかァ……メンタルケア、ねェ」

目的が違うからとグロウは言うが、ジオはどこか腑に落ちなかった。
メンタルケアだというのであれば、念話魔法ぐらいは使えた方が便利であろう。
誰かに悟られず、相談したいドールだっているはずなのだ。
だというのに、それすら扱えないのだと言う。
まるで、わざと魔法が取り上げられているかのような。

「私の方が生徒から元気を貰ってばかりですけどね」

考え込んだジオに対し、グロウは微笑み釣り具の準備をしながら言葉を足した。

「釣りについては少し調べてきましたよ!まずここに餌をつけるんですよね?」

張り切って釣りの準備をしているグロウに、ジオは一旦グロウに対して考えているのを止めて顔を上げる。

「えェ、そのはず……」

グロウが餌の取り付け位置を確認しているのに対して頷き、道具と合わせて支給された餌入りの箱を取り出しつつ、ドールに対する話題も続ける。

「みなさん愉快……もとい、元気で気遣いのできる方々ばかりなようで。とても興味深い」
「はい、皆さんとても良い生徒ばかりで……うわあ」

ジオが取り出した餌箱の中身を見て思わずグロウが声を上げる。
そこにはぎっしりと、活きのいいワームが詰まっていたのだ。
余程慣れていない限り声を上げない者もそういないだろう。

「うーん、小生もこう、そこまで苦手なものはないと自負していますがここまで集まるとさすがにちょっとゾクッとしますねェ」

ジオも軽く袖を捲ってから元気な生餌を改めてみて思わず苦笑いがこみ上げた。
それでも一匹摘まみ上げれば、事前に本で見たのを思い出しながら器用に餌を取り付けてみる。

「……これで本当に魚が釣れるんでしょうか……」

ジオにならい、グロウもまた見よう見まねで餌を取り付ける。

「ま、なるようになれ。やってみましょ……ソーレ!」
「そうですね。やってみないことには分かりませんね」

ちゃぽん、と音を立て釣り餌を取り付けた先端を水面へと放り投げる。
二人はそれぞれ己の釣り糸の先を見つめながら魚がかかるのを待つ。

「ところで、ジオさんは魚が好きなんですか?魚が見たくて釣りに来たのかなあ、と」
「いえ、興味本位です」

不意に投げかけられた質問に、ジオは水面から視線を動かさずに即答する。
そこに何の噓偽りもないのだから仕方がない。

「なるほど、興味本位……私も海は見たかったので良かったです。本当に大きいですねえ、海って……どこまで続いてるんでしょうか。」
「地図を見た限りでは終わりはありそうでしたがねェ」

真四角に区切られたこの箱庭の地図をジオは思い出す。
寮で生活するようになってから暫く後、実は地図の端……箱庭の端までは可能な限り歩いたことがあった。
地図の端。そこには、それ以上何もなかった。
敢えていうなれば、無限に広がる空が続いているように見えたのだった。

「あとは、待ちが長いから考えごとをするのにも向いていると見ましてね……新たに生えた海を見に来る口実でもあります」

流石に先の答えだけでは会話が続かないと判断し、他の理由も捕捉する。
会話をしたくないわけではない。
寧ろ、会話から人となりというのは診得てくるものだ。

「たしかに考え事をするのには向いてそうですね。ジオさんは普段どんなことを考えているんですか?」
「小生?ふむ……」

普段から考えていること。
それは多岐に渡りすぎていて一言では言い表すことが出来ず少々考え込む。

「様々なことを。感情は何故あるのか。なければならないのか。ドールによって違うのは何故か。魔法のカガク的観点の解明。ガーデンは何故我々を管理しようとするのか。我々の殺害より花への罪の方が重いのは何故か。小生が起きるまで何があったか。此処は何故楽園たり得るのか。……興味は尽きませんね」

ふと、頭に浮かんだことを口にしただけでもこうだ。
それに、これが全てではない。
全てを口から垂れ流そうものなら、たった今頭上にある太陽が一度沈んで再び同じ位置に来ようとも語り切れないのではないだろうか、とジオは思った。

「……ジオさんは色々なことを考えてるんですね……」

ジオの想いはどうあれ、グロウを圧倒するには充分だった。
そして、グロウは軽く微笑み、言葉を続ける。

「私を釣りに誘ったのも興味本位ですか?」
「んー?ふふふ……そうですねェ。我々とは異なるのに我々と生活をする貴方が、気にならなかったと言えば嘘になります」

自分をどう思うか。
それを聞くのは簡単なことではない。
そんなグロウに対しジオは思わず口角を上げる。

「私に興味を持ってくれるのは嬉しいです。ガーデンに来た頃、生徒同士で支え合っているのを見て、メンタルケアとして来た私は必要ないんじゃないかと思いました。それでも私にできることを探したいんです。たとえば、生徒と一緒に釣りをしながらのんびり話す……これも大切なことだと思っています」

「そうですねェ……正直、ガーデンにいらっしゃる方々の生活力が高すぎます故、そう思われても仕方がないことでしょう。お話を聞くのがお上手な方々も多くいるように見受けられます」

ドール達は幼いが、良くも悪くも自立している。
メンタルケアそのものも、お互いが補っているところが多い。

ともすれば。
そんなドール達を見ていれば自身の存在に疑問を持っていても仕方がないのだろう。

そんな中、個人的に誘いがあるのはどれほど嬉しかったのだろう。

へらへらと笑いながら、相手の言葉も否定せず正直に感じたことをジオは告げる。

「……ですがァ、お話を聞くのがお上手な方々や、小生のような一人でも問題ないと見做されがちな方々をケアするのは、誰でしょうねェ?……ふふ、お話しできてよかったですよォ」
「ありがとうございます。そうですね、生徒達を支えるのが私の役目です。キミ達を守れるように、私ができることを見つけたいと思います」

心身共にダメージを負った者にケアが必要であるのは必然だ。

では。

自ら進んで聴き手になる者。
周囲から見てケアを必要とされない者。

そういった者達には、本当にケアが必要ないのか?
答えは否だ。

恐らくそういった者たちはキッカケを待っている。

話せる相手を。
話すタイミングを。

待ったまま、抱え込み続けているだけなのだ。

……自分が必ずしもそうだとは言わないが。
そういうドールも少なからずいるだろう、という仮定でしかないのだが。

そんなことを考えながら、其のドールは僅かに笑った。



「……釣れませんね」
「…………ふむ、何か間違えてますかねェ?」

そんな会話から暫くの沈黙の後。
まるで魚のかかる気配がせず釣り糸を持ち上げたり、垂らしたままの釣り糸を見つめたり。
何も成果を得られない時間だけが過ぎていく。

「……釣れるまで、ひたすら待つしかないんですかね?」

そう、グロウが呟いた瞬間だった。
グロウの釣り糸に今までになかった変化が訪れる。

「あっ!来たかもしれません!こ、これ、引っ張ればいいんですか!?」

ぴくぴくとした動きはやがて強く引っ張る動きに変わり、驚いたグロウは思わずつんのめる。

「来たか!」

グロウの様子に慌てて釣り竿を一旦足元の砂浜に突き刺し、後ろからグロウの手に自身の手を添えて身体ごと支える。

「無理に引くと糸が切れます!相手の動きに合わせる、と読みましたよォ!」
「相手の……魚の動きに合わせるってことですか!?難しくないですか!?」

明らかに混乱するグロウに、どうすれば落ち着かせることが出来るかと考える。
混乱した思考には、別の刺激を与えれば存外落ち着いたりするものだ。

別の刺激。
今の状況下で与えられる刺激と言えば。

すぅ、と其のドールは息を吸う。
そして一言。

「落ち着け」

いつもの明らかに作り物みたいなつんざくような声ではなく、低く落ち着いた声で告げる。
それも、体勢から必然的にグロウの耳元で、だ。

「へ!?あ、はい、落ち着きます……」

その急な地声に話しかけられてグロウも落ち着きを取り戻したらしい。
釣竿を、しっかりと握りなおす。

自分●●の動きに合わせて、グロウセンセ」

滅多に見せない地を。
覚醒してから不意に漏れ出たことはあっても意図して出すことのない地を。
今だけは、偽ることなく出す。

その声は、いつものように茶化した様子がないにも関わらず、楽しげな色が混じっている。

「はい、分かりました」

グロウもまた、ジオに……自分●●に合わせて、慎重に釣竿を動かす。

「今だ!」

魚の引きが弱くなった一瞬を見逃さず、グロウの手ごと竿を引き上げた。

ザパンッ!と音を立てて、一匹の魚が釣りあがる。

「……!!」

水しぶきに濡れてしまうのも構わず、釣り上げた魚を見たグロウの表情がパッと明るくなる。
自分●●も、暫くの間はその魚を見て目を瞬かせていた。

「ジオさん、やりました!釣れましたよ!すごいです!」

そんな歓喜の声に我に返り、眼鏡を頭の上から下ろしてかけ直し、グロウから離れて何度か頷く。

「えェ、ロウセンセーが釣り上げましたねェ!」

いつもの、作り上げた声色で。

「ジオさんがいなければ釣れませんでしたよ!この魚は二人で釣り上げたものです!嬉しいですね……!もっと釣りましょう!」

グロウが無邪気に喜んでいる様子に、其のドールもまた、いつもの調子でへらへらと笑う。

「小生も負けてられませんねェ?」
「ジオさんも釣れますよ!たくさん釣りましょう!」

この後は最初の釣れない状況が嘘だったかように、不思議とお互い何匹か釣ることができた。
それを持ち帰ってどう料理するかは、その場に居合わせたドール次第。


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