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【一次創作】ロックされた情報【#ガーデン・ドール】

3月18日

ガーデンのグラウンドに、偽神魔機構獣が現れた翌日。

ボクは、魔機構獣対策本部で朝を迎えた。
昨日泊めてほしい、と本部モトベさんへお願いし、許可を得たからだ。
一緒に宿泊した仮面のドール……ロベルトは心身ともに疲れていたのだろう。
早朝とはいえ、ボクが起きたときにはまだ眠っていた。

そんなロベルトを起こさないようにしつつ、とある力を手に入れてから毎朝のルーチンワークとなった動作を行う。
それは、手のひらを上に向けて念じ、"単眼の小動物"を生み出すこと。

昨日はたまたま空を飛ぶことが可能だった蝙蝠を喚んでいた。
今日も含めしばらくは、飛行能力がある生き物がいいだろう。
ともすれば……鳥だろうか。
目立つことも少なそうな鳥としてこの時イメージしたのはスズメ。

自分の手の中に生まれた単眼のスズメを持ったまま、一度地上へと上がる。
対策本部は地下で窓もない。
正確な時間を刻み続ける懐中時計……マギアレリック、ラビットムーンで時間を確認することができても、地上で日の光を浴びるまでは本当に朝なのか自信がなかった。

「頼んだよ。見つかったら追い掛け回されるからな?」

そう伝えて手の中の生き物を空へと放つ。
念じるだけでも命令は可能だが、目の前にいるときは思わず直接言葉として伝えてしまう。

しっかりとガーデンの方向へ向かって飛んで行ったのを確認した後、ボクは地下……対策本部の中へと戻った。

「やっぱりお腹すくなぁ……」

そして訪れる猛烈な空腹感。
魔力を一気に使用した時、ボクは空腹感として表れやすいらしい。
本能的に元々少ない魔力を補おうとしているが故なのだろうか……?

茶の間のテーブルを借り、避難所から持ってきてもらった乾パンや缶詰をのんびり食べていると外から誰かが近づく音が聞こえてきた。

「ん……?」

もぐもぐと口を動かしたまま思わずそちらを振り返る。
やがてその足音らしきものが止まり、対策本部の入口の扉が開く。

「おや、起きていたのか」

足音の主は、本部モトベさんだった。
その手には何かが抱えられている。

「あ、おはよう……ございます!……それは?」

早朝と魔力不足でぼんやりしている頭をたたき起こしつつ背筋を伸ばして改めて挨拶をする。

「森で採ってきたものだ、食べるといい」

そう言いながら本部モトベさんは木の実を無造作に机の上にゴロゴロと置いた。
本部モトベさんが、わざわざ木の実を……?
いきなり押し掛けたに近いにも関わらず?

考えてみれば、親切に何かを教えてくれるわけではないが、対策本部へ出撃以外の理由で訪れた時には殆どの場合お茶や珈琲、そして保存食を出してくれる。
ただのぶっきらぼうではないのは、確かなのだ。

この後、一緒に食べることを提案もしてみたが、もう食べたと言われてしまった。
それでも、話し相手になってほしいと伝えれば、ボクの向かいに座り、ほとんどボクから投げかける形だったとはいえ、他愛もない会話に付き合ってくれた。
本部モトベさんは相変わらず保存食で食事を済ませていること、木の実のようなものは「もう必要ない」ということ、食事は「必要になったら」とっているということ。
本当になんてことのない話だ。

そうこうしているうちに、ロベルトが起きてくる。
もう少し本部モトベさんに聞きたいこともあったのだが、それはまた今度。

何故なら、『センセー』へ申請していた情報が、寮から持ってきた端末に届いたのだから。


「こんにちはー」

お昼ごろ。
そんな挨拶と共に白髪に黒い角を持つドール……ヒマノが対策本部にやってきた。
ロベルト曰く、花形のチョコレートを作成し、偽神魔機構獣へ捧げてみよう、ということだった。

そういったものの作成はヒマノとロベルトへ任せた方がいいと判断し、ボクはそっと両目を閉じてみる。
その視界は一瞬だけ暗くなり、やがてやや上から見下ろす形で偽神魔機構獣が映りこむ。
先ほどガーデンへ向かって放ったスズメは、どうやらグラウンド脇の木にでも止まることができたのだろう。

先日、目を開けたまま"単眼の小動物"と視覚共有をしようとしたとき、視界が混線しすぎて大変なことになってしまった。
どうやら視覚の共有は片目のみ、ということらしい。
その経験をしてからは、間違いないよう必ず両目を閉じるようにしているのだ。

しばらく両目を閉じて偽神魔機構獣の様子を見る。
その間も、ヒマノとロベルトは捧げものや供え物の話、これからどう向き合うかどうかの話をしていた。

「あ、ちょっと小腹がすいたので缶詰とってもらっていいですかー?」

そんなヒマノの声に、ボクは目を開ける。
ロベルトがどうぞ、と缶詰を渡せばヒマノは持ってきた荷物の中からハサミを取り出した。
それが普通のハサミであれば、缶詰を開けるには力不足だっただろう。
ボクだって、今朝はナイフを使って無理やり抉じ開けたに近い。

しかしヒマノはそのハサミを使い、まるで紙でできた筒でも切っているかのようにすいすいと缶詰の蓋部分を切ってみせる。

「よし……と。……やっぱりこれ、こういうときにしかつかえませんよねえ……」
「缶詰が切れるハサミ……」

ロベルトが驚きを隠せずにつぶやくが、ボクはいつだったか、それについての話は聞いたことがあった。

「……それ、レリックだっけ?」
「はい、VSイベントの時の報酬です。物であれば何でも切れるハサミ。…使います?そこの木の実とかに」

今朝本部モトベさんが採ってきてくれたものの、そのまま食べるには少々硬くて残っていた木の実を指さしてさらりと提案される。

「……ちょっと貸してもらっても?」
「はい、どうぞー」

いつものような軽い調子でレリックであるハサミを手渡される。
それを受け取って、硬い木の実をハサミで挟む。

ちょきん

挟む、だけのつもりだった。
それが普通のハサミであれば、まずは挟んでから力を込めることで切れる。
そんなイメージだろう。
それが、軽く挟んだだけですっぱりと切れてしまったのだ。

「……え、切れすぎて怖いんだが。これ」
「そうなんですよねー。抵抗0ですもん。ただ、生きているものには使えませんからー」
「それを聞いてむしろちょっと安心したよ……そのまま生き物にまで使えたら怖すぎる」

思わず恐々とヒマノの顔を見ればあっけらかんと返される。
生き物には使えないと聞いてホッとしつつ、レリックのハサミをヒマノへと返した。
そこから、最近寮に飾られた不思議な絵画にもハサミを使ってみたが切ることはできなかったなどの話になり少しばかり話題がそれる。
それも束の間、話題は偽神魔機構獣の話へと戻された。

「……まあ、それはいいや。とりあえず…今日どうしましょうね?」
「今日も行って、できることをやってみるつもりです」

そんな2人の言葉に、ボクは伝えようとしていたことをがあったのを思い出す。

「あ、そうだ。二人に……話したいことがあったんだよ」
「……なんでしょう?」
「話したい……話しておきたいこと、かな」
「はい、なんでしょうー」 

改めて2人の顔を見てから、ボクは小さく頷く。

「その前に、2人が知ってるアルスちゃんと……ロメリア、ちゃん?のことを改めて教えてくれるかい?」
「はいー、ぼくのしっていることなら」
「……喜んで」

そう言って、2人は、2人の知っていることを話してくれた。

アルスはロメリアの復活を願っていること。
アルス自身の願いを叶えられずにいること。
アルスとロメリアは魔機構獣であること。
ロメリアはドールに討伐されたこと。
討伐の際、ドールたちには認識阻害が起きたこと。
ロメリアは黄色いマフラーのレリックとなったこと。
アルスは、それを拾って身に着けていたこと。
マフラーによって、アルスはドールとして認識されていたこと。

それらの話を、ボクは端末の中の情報と照らし合わせながら聞く。
この中で、食い違っている情報が、ある。
その情報が、鍵であればいいのだけれど……。

「ありがとう。うん……そうだね。じゃあ……2人は、なぜアルスちゃんが自分の願いを叶えられないのか、考えたことはあるかい?」

そんなボクの問いかけに、2人そろって首をかしげる。

「何故……? いえ、そういえば、なぜでしょう……」
「……その力では自分を対象に含められない、そう思っていました。魔法も魔術も明確に対象が決められています。……マギアレリックも。だからその力は自分を対象にできない、と」

ロベルトの推測に、ボクは静かに首を横に振った。

「アルスちゃん、あの子は■■■■■■■■■■■■■■■■この情報にはプロテクトがかかっております。

端末で見た、アルスの情報を。
これは今すぐ2人に必要な情報のはずで――――。

「……? ぷろてくと?」
「…まただ」

ロベルトが、きょとんとする。
ヒマノが、ポツリと呟く。

「え?」

2人の反応の理由が分からず、今度はボクが目を丸くする。
いや、似た反応をつい最近見たのだ。
"単眼の小動物"、■■■■のことを、話そうとした時に。
この時はそのことを追及するような場ではなかったからすぐに流したのだが……。

「この情報にはプロテクトがかかっております。重要と思われる部分がそう聞こえます」
「……うそ、だろう?ボクは今ちゃんと■■■■■■■■この情報にはプロテクトがかかっております。って!」
「……シャロン先輩。貴方。理を超えましたか」

ボクの動揺とは裏腹に、2人は冷静に言葉を返してくる。

「……質問掲示板でもこういうことありましたよね?まだ知るべきではない情報が出た時…その言葉となる」
「そんな……じゃ、じゃあ!」

言葉でダメならば、と鞄からノートと鉛筆を取り出す。
そこへ、伝えたいことを書いてみる。

「……だめですね、この情報にはプロテクトがかかっております。と読めます」
「同じく」
「くっそ……どうしてだい……ッ」

今、おそらくこの情報を出せるのは自分だけだ。
だからこそ、伝えたかった。
急いで、伝えておきたかった。

これじゃあ、この先情報を手に入れたとしても……。

「シャロン先輩。ここのところ、貴方に関して不可解な点がいくつも見受けられます。そして、それは私たちにはないものです」

ロベルトからの指摘に、思わず表情が曇る。

「ぼくたちではまだ知ることのできない情報、ですか……どこで知りえたのか聞きたいところですが……」
「……きっと、同じことになるのでしょうね」
「恐らく。それすらも知ることができない、そんな気がします」

「……ここから、としか今は言えないかな」

下手なことを言っても2人に届けることができないのであれば。
『センセー』から届いた情報を画面に映しっぱなしの端末をテーブルに置き、コツコツと画面を軽く爪の先で叩く。

「……」
「……はい」

2人の反応を見るに、端末を見てもプロテクトの文字が並んでいるようにしか見えなかったのだろう。
いつだったか、ボクがバグちゃんにマギアレリックのことを質問攻めにした時のように。

そんなことを考えていると、何を思ったのかロベルトがピンクのリボン付きナイフを自身の懐から取り出す。

「ろ、ロベルトくん!?」
「ここから先は、はいかいいえの世界。首を縦か横に振って答えてください」

ヒマノは、そんな様子を静かに見守っている。
何か言おうとしたが、ロベルトの迫力に根負けし、小さく息を吐いてから頷いた。

「貴方が”そう”なったのは、貴方が失踪した後のことですか?」

失踪、というのは、ボクが知恵の種を求めて願い、思ったような結果にならず寮に帰らなかった数日のことを言っているのだろう。
ボクは、こくり、と一度頷く。

「そうなる直前。貴方は”これ“を誰かに向けましたか?」 

首を横に振る。
ボクは、自分の手で……あの子のコアを抜き取ったのだから。

「……ククツミ先輩が変わったのは。貴方が”そう”なったのと同じ時期ですか」

「……ッ」

そうか。
彼もまた、あの子に……”ククツミちゃん”に、気付いてくれたのか。
それと同時に……ボクの罪を、晒すことになる。
今更そんなことを恐れても仕方がないというのに。
グッと強く目を瞑り、眉を寄せながらも、ほんのわずかに、頷く。

「……ここから先は、もう伺いません。これは貴方の傷を抉る行為だ。そして、貴方が何を成したのか分かった今。貴方と同じ場所に立つには、貴方と同じことを成さねばならない。そうですね?」

知ってなお、責める言葉はそこにない。
罵倒を浴びせるわけでも、当然褒められるようなことも、ない。
事実として、ロベルトはボクに尋ねた。
ヒマノも変わらず、それを静かに聞いてくれている。

ボクは目を開けて、2人をその視界に捉える。
緊張が解けて、ふ、と口角が上がったのが自分でもわかった。
最後のロベルトの質問に、こくりと頷くことで答えた。

「ありがとうございます」
「……伝えようとしてくださって、ありがとうございました」

お礼を言われるようなことは、何も。
本当に、今のボクにできることは僅かだというのに。
2人からはそう、お礼を言われた。
ロベルトは、取り出したナイフを懐へとしまう。

「……なにかぼくにできること、ありますか?」
「いや。いや……今は、何も。でも、いつか何かを頼むかも……しれないね」

ゆるく首を横に振りながら、ヒマノからの申し出を断る。

「……それに、ボクのことより、今はアルスちゃんのこと、だろう?」 

ボクのことよりも向き合ってもらいたいことが、たくさんある。
2人には、もっと、別のことに……。

「ええ、そうですね。…どうしましょうか。ぼくとしては一度話ができる状態にする必要があると考えてます。…でも、獣化しても消えていても対話はできないから…うーん…」
「何かを掴めるまで、挑み続けるしか、ないのでしょうか……」

『センセー』から届いた内容とは別に、全員に届いたであろう、通知を思い出し、端末に視線を移す。

「今は……それしか。後はあの妙に腹立たしい通知が……ヒントだということ。それは、間違いなさそうだからね」
「…ええ。…3回ごと、ですか」
「……今度こそ。今度こそ傷つく覚悟を」

どうにも、考えすぎて空気が重く重くなっていく。
向き合って、考えねばならないけれど……暗くなりすぎてしまっていては、良い方向には進まない。

パンッ、と手をたたいて切り替えを促す。

そう、今は、ボクの物語ではない。
これは、大きな物語の中で起きた小さな出来事にすぎない。

「気負いすぎない!さ、チョコ作りに戻ろう?ボクもやれることは手伝うからさ」
「……そう、ですね。暗い気持ちは作るものの味にも結びついてしまいます。きっと、救うんだ」
「ええ」

みんなそれぞれの物語があることも確かだが、敢えて言うなら――

「そう、これは希望のための作戦、だろう?」

――今回ばかりは幼い2人と幼い1体の物語だと、ボクは思ったのだ。

「はい。……お二人が。いえ、皆さんがいて、よかった」

ロベルトのその言葉に、何もできないボクもちょっと救われた気がした。


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