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【一次創作】肆。教育実習生との心移実験。【#ガーデン・ドール】

きらきらと。
一層輝くそれを。
自分には眩しいそれを。

簡単に視ることができなくなったのはいつからだ?


ガーデン。あっち側。情報。板切れ。人型。知っている。知らない。被害者。

寮の共有スペースから興味深い会話が聴こえてくる。
このまま中へと入ってしまったら途切れてしまうような気がして、入口で聴き耳を立てた。

B.M.1424 3月29日 午前。

この日の前日。
教育実習生と釣りに興じたその日の夕方。
その際に話した時もどこか異様な空気を感じたドール、シキ。

そんなドールと、現在ジオにとって一番の実験台となっている教育実習生との会話。
こんな面白いものを、聴かずにはいられなかった。

程無くして大きな角を持つドールもやってきて隣で同じように聴き耳を立て始めた。

入口からだったためハッキリと全て聞こえたわけではない。
だが、それでも充分過ぎるほどの内容であった。

何やら一しきり話した後、シキが外へと出てきた。

ジオが聴き耳を立てていたことは明らかで、わざとらしく逃げ出したジオをシキは追い掛け回す。
そうして、暫く寮内での鬼ごっこに興じたが、ジオは自室へ逃げ込むことで難を逃れた。

「さ、次の実験……は……」

シキからも先ほどの会話について話を聞きたいところではあるのだが。
今はもう一つの面白実験体の様子を見に行こう。

机の上に置かれた本のページには、とある花が描かれていた。
ハーブティーにもなる、それ。

[心移の紅茶の茶葉……正確には花の部分ではありますが。もしあれば寮のキッチンまで持ってきていただきたい。できるだけ早急に。本日のティータイムに使用したいので。]

自室に備え付けられた端末で簡易な申請を済ませ、シキの気配がなくなっていることを確認してからキッチンへと向かう。

クッキーのレシピと、紅茶の淹れ方が書かれたメモを持って。


B.M.1424 3月29日 午後。

「いやはや、仕事が早くて助かる……」

用意したお盆の上には、簡素な手作りバタークッキー、心移の紅茶を淹れた大きめのティーポット。
それからご丁寧にお湯で温めた空のティーカップ2つ。
レモンを2切れ、スティックシュガー数本に、蜂蜜を入れた小瓶も添えて。

そうして出来上がった特製アフタヌーンティーセットを持ち、其のドールはグロウの部屋を訪ねる。
お盆を持ちつつも器用にノックをすれば、中からグロウが顔を出した。

「はい、こんにちは。どうしましたか?」

決まり文句のように尋ねてから、其のドールが持つものに気付いたらしい。

「わあ……お茶をしに来たんですか?」
「どォも、ロウセンセー!えェ、ちょっと面白いお茶を見つけまして……いかがです?」

いつも通り、ニセモノの声で答える。
まあ、先客でもいない限りこの教育実習生が拒否することはないだろう。

「面白いお茶……ですか?どうぞ、中に入ってください」

そう言って先に部屋に戻り、机の上に置いた本を片付けて、ティーセットが置ける場所を空ける。
何とも甲斐甲斐しいものだ。

「えェ、失礼しまァす」

せっかく空けてもらったのだ、使わない理由はない。
カタン、と音を立てて持参したものをお盆ごと置く。

「ジオさんはそちらの椅子にどうぞ。私は折りたたみの椅子があるので」
「おや、ご丁寧にどォも」

メンタルケア、は伊達ではなくおそらく過去何名かのドールがこの部屋に訪問したのだろう。
でなければ、わざわざ折り畳みの椅子などないはずだ。

「クッキーはご自由に。急に思いついたもので大したものは用意できませんでしたがねェ……」
「ジオさんが作ったんですか?食べさせていただきますね。いただきます。……うん、美味しいです!」
「お口に合いましたようで」

どうせ作るのであれば、もっと綿密な分量調整が必要なものを作る方が楽しく感じる。
決まった材料を、決まった順序で、決まった分量で合わせていく。
そうして出来上がったものが美味であればあるほど実験は成功したと言える。
本当に菓子作りは、其のドールにとって実験なのだ。

故に、美味と言われた今回のクッキー制作実験も、簡易なものだったとはいえ成功と言えるだろう。

「それで、急に思いついたとは何のことですか?」
「いえね?このようなものをご存知かな、と思いまして……」

そう、クッキーなどただの付随物に過ぎない。
本題となるティーポットの中身を、二つのティーカップに注いでいく。

白いティーカップによく映える、鮮やかな藍色あおいろの液体。

「青い飲み物……たしかに珍しいですね?」
「えェ、藍いだけでも珍しいのです……心移の紅茶、と言うそうでェ……独りで飲むのもアレかなと。ま、まずはそのままいただいてみましょ」
「なるほど……紅茶の方もいただきますね」

その藍色あおいろは、紅茶というには香りも、風味も弱い。

「……味わうというより、きれいな青色を眺めて楽しむものなんでしょうか……」
「なるほど、本当に味がほとんどしませんねェ」

グロウはどこかがっかりした様子にも見えるが、ジオは得た知識の確認に近かった。
その藍さだけが、本当にこの紅茶の取り柄なのだろうか。

答えは、否。

「さて……独り出飲むのもアレかと言いつつロウセンセーの元にこれを持ってきましたのはァ、紅茶の名前が先程言った通り"心移"……心、と入っておりましたのでねェ?なんでそんな名前か解りますゥ?」
「え?……飲むと心が安らぐとか、そういう由来ですか?それにしては味も香りも薄いですが……心に関係あるものなんでしょうか?」

ティーカップに注がれた藍を視ながら悩むグロウに、其のドールは楽し気に笑う。

「んふふふふ……さァ、ここからはカガクのお時間!」

そう言って、一緒に持ってきていたレモンを一切れ手に取り、自身のカップへ軽く絞り入れる。
そうしてレモン汁が入った箇所から、藍に変化が訪れる。
ほんのわずかに赤みを帯びて、藍と混ざり合い、紫へ。

「カガク……?え、え、えっ!?」

その様子を見て、グロウが純粋無垢な反応を見せる。
それが楽しくて、さらにレモンを絞っていく。
レモン汁を入れれば入れるほど、赤く赤く変化していく。

「わあ……魔法みたいですね!」
「カガクです」

その様子に目を輝かせながら言うグロウに、其のドールはキッパリと告げる。
グロウの言う"魔法"が、己が使う計算の上で成り立つそれではなく、夢物語のような意味を持つことに気付いたからだ。

「アルカリ性の青にレモンに含まれる酸性が……」

カガクとしての説明をしかけて

「……いや、今は長くなるのでやめておきますかァ」

やめた。
話したところで分かってもらえるとも思えなかったからだ。

「ロウセンセーもやってみますゥ?」
「やりたいです!!レモンを絞るだけでいいんですか?他にやることは?」

無邪気にはしゃぐグロウに思わずジオも笑いが漏れる。
これではどちらが生徒でどちらが先生なんだか分かったものじゃない。

「えェ、レモンを絞るだけですよォ。そのままレモンティーになるから好きなだけドーゾ。絞る量で変化具合も変わりますよォ」
「それじゃあ、さっそく……」

もう一切れのレモンをグロウが手に取り、ジオを真似て自身のティーカップに絞り入れる。

「わー!!変わりましたよジオさん!!」

変わったのは先ほどジオのティーカップでも見ただろうに。
自身の手で変えたことが余程嬉しかったのか、本当に幼いドールのようにはしゃぎながらジオに自身のティーカップを見せてくる。

「ふしぎですね……私も魔法を使っているみたいです!これを見せるためにクッキーと一緒に用意してくれたんですか?」
「そんなところですかねェ……お茶だけも寂しいからねェ。あ、砂糖と蜂蜜はお好きな方を入れるといいですよォ」

はしゃぐ相手を見ていれば、寧ろ冷静になってくるもの。
ジオはさらにスティックシュガー2本追加し、くるくると混ぜながらグロウにも勧める。
そうして出来た甘い心移のレモンティーを飲んでから、ぽつりと尋ねる。

「…………心移の、というだけあって、ホントに心のようだと思いません?」
「……」

グロウは砂糖と蜂蜜を適度に入れてから、ジオの顔をじっと見る。
そうして、優しく微笑んでから言う。

「ジオさん、本当にお好きなんですね。心や感情について考えることが」
「いやァ……どうでしょうかねェ……」

クッキーをかじりながら、空になりかけた自身のティーカップにティーポットからお茶を足す。
ティーカップが、また藍色あおいろで満たされる。

ポットの中身は、まだグロウがおかわりできる程度には入っていそうだ。

「青かった心が、ほんの少しの刺激で赤くなっていく」

そう言いつつ少しずつレモンを絞っていく。
少しずつ、少しずつ。
絞れば絞るほど、赤くなるそれを見ながらジオは言葉を続ける。

「かと思えば、その刺激で何も変わらない心もある。変わっていないように見えて味だけが変わっていたり…………みな同じ心だ感情だと言うのに、何故こうも違うのか。……メンタルケア、を目的とした貴方はどう考えます?」

こうしてジオが話している間も、グロウはじっと話している相手の顔を見ていた。
相手がどのような気持ちで話しているのか、どのような感情で話しているのかを学び取らんとするがの如く。

「メンタルケアのために導入されましたが、私には心というものが正直よく分かりません」

色が変わった紅茶を一口飲んでから、グロウが口を開く。

「質問で返して申し訳ありませんが、ジオさんの中で答えは出ているんですか?なぜ、同じ心なのに人によって違うのか……」
「いいえ?」

ひときれのレモンをすっかり絞りきり、再びスティックシュガーを多めに入れながら、其のドールはグロウからの問いかけにハッキリと否定する。

「簡単にわかってしまったら、観察のしがいがないじゃないですかァ!」

次の瞬間にはわざとらしくケタケタと楽しげに笑ってみせる。
実際、愉快ではあったのだから、その笑いも強ち嘘ではない。

「なるほど……ジオさんは努力家なんですね。私も答えを見つけられるように協力します。心については私も知りたい分野ですからね」
「努力……ふむ、小生努力は嫌いな方ですがねェ」

其のドールに、努力をしている自覚はなかった。
寧ろ、努力は強いられてするものであるというイメージから嫌いだとさえ思っていたために首をかしげる。

「きっとジオさんにとって私は良い実験台、というわけですよね?なんせ感情を覚えていくわけですから」

クッキーを食べながら、グロウが何気なく問うが、その質問に声を上げてジオが笑いだす。

「アハハハ!!そこまでご自身で言ってしまうなら断言しましょうかァ!えェ、実験台そのとォりです」

だぼついた白衣の袖越しにグロウを指さして肯定する。

「人を指差すのは良くないですよ?」

とのんきに言うグロウを半ば無視スルーしつつジオは言葉を続ける。

「敢えて気を遣わず言うなればァ、空っぽの貴方が何故我々と交流することで感情を覚えるのか、どういったことに揺さぶられるのか、何をすれば怒り何をすれば哀しむのか、気になって仕方ないですねェ!」

楽しげに声高らかに言ったあと、ふぅ……と息を吐いて明らかにテンションを落とし、やれやれと首を振る。

「ま、ホントはドールの皆さんで試したいところですがァ……皆さんどォにも平和主義でいらっしゃるのでねェ……」

「他の生徒を実験台にするのはダメですからね!?私ならいくらでも付き合いますから!……でも、そうか……空っぽ、かぁ……」

空っぽと言われて、グロウは分かりやすく肩を落とした。
そんな相手に表れた感情変化に、ニィッと口角を上げて笑いつつわざとらしく首を傾げてジオが問いかける。

「おや?……なにか思うところがございましたァ?」
「……ジオさんには、今の私は空っぽに見えますか?」
「ふむ。そうですねェ……」

恐る恐る、といった様子で聞いてくるグロウに、す、とジオは眼鏡の奥の双眸を細めて考える。

「空っぽ、は少々誇張表現でしたかねェ。さながら、何も入れてないこの心移の紅茶、でしょうか。事実、今小生の言葉というレモンが加わって変化があったように見えますしィ?」
「たしかに、この紅茶みたいなものですね」

グロウがティーポットから残りの分を自身のカップへ注ぎ、藍色をしばし眺めてからレモンを絞って色を変える。

「今の私は空っぽではないと思っています。生徒達が思い出をくれましたから。ジオさんも、今日は面白いものを教えてくれてありがとうございました。次はどんな実験をするのか楽しみにしてますね!」

空っぽではない、と訂正する言葉にどこか安心したように微笑む。

「いいえェ……小生も今日はなかなか面白いもの聞けましたからねェ?」

面白いもの。
其のドールが指しているのは午前中に耳にしたシキとの会話のことであったが、グロウはそれに気付かない。

「私、そんな面白い話できてましたか?」
「んふふふ、えェ、とても?」

笑って誤魔化し、ジオは話を続ける。

「しかし、実験ねェ。では……空っぽでないロウセンセーは、小生が来るまで何やら本を読んでいたようですが……?」
「あ、そうなんです。『嵐の下に交わるもの』という本で、アザミさんにオススメされて、読み終わったところなんですが……アザミさんには悪いですが、オススメしにくい本ですね……」

何とも言えない表情を浮かべながらグロウは言う。

「ほゥ、それは何故?」
「えっと……本のネタバレになっちゃいますけど、聞きますか?」
「えェ、構いませんよ?」

其のドールは頷いて、話の続きを促した。

「ドラゴンと女の子が主人公の話なんです。最初、雨の中で2人は出会います。そのときはお互いの姿が分からなかったんですが、あくる日2人はお互いの姿を見てしまいます。それでも2人は仲良くなって……仲良くなったのに……最終的にドラゴンは女の子を食べてしまうんです……」
「ふむ……あらすじだけでは判断できかねる内容ではありますねェ。それで?ロウセンセーはどう感じておすすめできない、と?」
「だ、だって、友情を育んだのに最後は食べちゃうんですよ!?あんまりじゃないですか!!あと、心理描写がうまくて……主人公2人に感情移入してしまって……非常に苦しくなりました」

グロウから聞いただけの話では、どう苦しいのかが分からない。
心理描写がうまい、ということだからそういう意味では興味をそそられないわけではないが。

「なるほどォ?では、なぜ、食べたのでしょうねェ?……貴方、染まりやすいんですねェ」
「なんでって、それは、食欲に負けたから……いや、食べたくない気持ちと、食べたい気持ちが混ざって……自分を止められなくなって、それで……あー!ダメです!つらい!!」
「あはははは!愉快ですねェロウセンセー?」

両手で顔を覆い、感情を前面に出すグロウに、ジオは愉快そうに笑う。

「食欲は生き物の本能……ソレと感情がぶつかった時どうなるのか。食べられる側はどう感じたのか。…………なァるほど、興味深い作品であることはよォく解りました」
「愉快じゃないです!!うぅ……もう図書室に返却するので、後でジオさんも読んでみると良いですよ……実際に読んでみたら、そんな笑ってられないはずですから……!!」
「いやはや、失礼失礼……んふふふふ」

失礼、という割には反省の色は見えない。

「読む、ね。そうしましょ。読んだ感想また話に来ますよォ」
「はい、感想楽しみにしていますね。またいつでも来てください」
「さてと……」

そんな話をしていれば、用意してきていたティーセットはすべて空になっていた。

「今日はそろそろ退散しましょうかねェ」

ゆったりと立ち上がり、持ち込んだものをそのまま持って扉へ向かう。

「分かりました。今日はとても楽しかったです。ありがとうございました」
「気晴らしになれましたなら幸いですよォ……では」
「はい。それでは、また」


寮の共有スペースで食器を片付けている間も、其のドールは機嫌がよかった。
次はどんなことをしてやろうかと。
プラスなこと?マイナスなこと?
どちらに転ばせれば、どう染まる?

思わぬ実験材料をガーデンの方から与えられる日がすぐそこまで迫っていることを、此の時はまだ知らなかった。


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