『レンブラントの帽子』バーナード・マラマッド
表題作は短編の名手の代表作として定評があるばかりでなく、巻末エッセイを綴る荒川洋治をして「二〇世紀アメリカ文学のなかでも屈指の短編であろう」と激賞されている。ここではその構築性について思うところを述べたい。
『レンブラントの帽子』はニューヨークの美術学校を舞台に、彫刻家のルービンと美術史家のアーキンのあいだに生じた心理的葛藤と摩擦が三人称によって書かれている。ルービンの被る帽子をアーキンがレンブラントの帽子に例えて評したことが二人の決定的な対立項として設定される。具体的、個別なモノを焦点化して語っていく、そしてイメージをずらしていく手法は、短編小説の構築性という点で効果的であり、一般的な手法といえる。
二人の意識のすれ違いの核心を追っていくことが短編を読む側の欲求としてあるのだが、読む過程において、その対象が変化していく。芸術あるいは表現活動に手を染めた者の自意識の特権性が宙に浮かされる場面に立ち会うこと。その気まずさが、それらに手を染めているいないにかかわらず、人間の本質に触れてしまうことに読者が気づかされる企て。小説を読みながらその術中にはまるという愉しみがそれである。作者はルービンとアーキンをお互いが鏡として存在するという設定において、その企てに成功している。
2010年に発行された古くて新しいこの短編集は、他に2編が収録されている。個人的には、モスクワという異郷の地に舞台を設定し、ユダヤ人としての故郷喪失者のすれ違いを描きながら、表現活動の飛翔をエンディングに突出させる『引き出しの中の人間』の見事な展開に唸らされた。
『レンブラントの帽子』
著者:バーナード・マラマッド
訳者:小島信夫・浜本武雄・井上謙治
発行:夏葉社
発行年月:2010年5月25日
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