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我々は「世界」を越えるか― Ⅲ

現在、人類は宇宙への本格的な進出を試みており、また、それに伴う宇宙ゴミの問題も度々取り上げられている。

我々「地球人」が他の惑星に居住するとなると、その惑星の環境を適したもへと変化させる、つまりテラフォーミングが必要となるわけだが、そもそも、我々は地球という生育環境を我々自身にとって都合の好いように変化させてきたことから、このテラフォーミングという言葉が当てはまるかは疑問でもある。

テラフォーミングと聞くと何か大掛かりなことの様に聞こえるが、生育環境を都合の好いように変化させるとなると、一気に身近なものになるのではないだろうか。多くの生物が行う営巣(巣作り)がそれに当たるからである。

光るアリ塚というものがある。ブラジルはセラード(サバンナ)エマス国立公園。ここのアリ塚は雨季の初めの一か月ほど、夜に光る現象が見られるという。アリ塚の主はシロアリだが、光の正体はヒカリコメツキという光るコメツキムシという昆虫の幼虫。その時期はアリ塚から無数の翅アリ(新たな王と女王となる)が飛び立つ「結婚飛行」を行うのだが、ヒカリコメツキの幼虫は「正の走光性(ガなどが光に集まる習性)」を利用し、翅アリをおびき寄せ、捕食するのでる。

シロアリは枯木や落葉といった植物遺体を主食とし、その主成分であるセルロースを分解することで栄養源としている。そして自身の排泄物と土とからアリ塚を作成している。アリ塚は高温や乾燥から中のシロアリを守ると同時に、古く捨てられたものは、好白蟻性と言われるシロアリの巣の内部や近傍を住みかとする動物の巣となっている。最後は文字通り土へと還ることで、植物遺体が一般の動植物が再利用できるものへ変えるという、生態系維持に重要な役割を果たしている。

シロアリは「アリ塚を造るというテラフォーミング」により、自分たちが生活し易い環境を創りだしたわけだが、更に重要なのは、そのことが周囲に与える影響である。

前述のとおり、ヒカリコメツキはもちろん、シロアリがそこにいることで、それを捕食する生物が集まるだろうが、そういった生物はヒカリコメツキが光るように独特の適応が見られるという(アリクイの長い舌など)。更にそれを捕食する生物も集まるだろう。アリ塚を利用する生物もそうである。アナホリフクロウというフクロウは昼行性であり、高い木がない草原で生活をしている。獲物を求める際には、アリ塚の上に立って辺りを見渡すのだが、そのためにアリ塚の傍に穴を掘って巣を作るのである。また、アリツカゲラというキツツキはアリ塚の上部に15センチメートルほどの穴を開け、その中で抱卵・雛の育成をし、その主食はアリやシロアリである(ちなみに、アリはシロアリの最大の天敵である)。なにより、シロアリがセルロースを取り込み分解(実際は共生微生物によるものの場合が多い)することで一般の動植物が再利用できるようになることから、シロアリがいなければ、多様性の無い荒野、本当の不毛の地と成るかもしれない。

もちろんシロアリにも食物となる植物(場合によって動物遺体も)は必要であるが、セラードのそこではシロアリが重要な位置を占め、周辺環境を支配しているようにさえ見える。これは、「シロアリ新生」が起きているとも言えるのではないだろうか。つまり、シロアリ在りきの環境に適応した生物が生存できる、ある種の「淘汰」が起きたとは言えないだろうか。

ここで大事なのは、シロアリは確かに周辺環境において重要な位置を占め、支配してさえいるように見えるが、実際に支配者であるかといえば、そうではないという点である。

確かに淘汰はされ、適応した種だけが残ったかもしれない、だが、シロアリが彼らを選別し更には支配・コントロールしているかといえば、そんなことはなく、残った者たちは彼らにとって都合が好いからそこにいるだけにすぎないはずである。現に、ヒカリコメツキが光るのは走行性を利用し他の虫を誘き寄せるためであるが、その「他の虫」とはシロアリに限ったことではなく、光に寄せられてやって来る小さな虫なら、なんでもいいのである(例えば、翅アリはシロアリだけでなくアリにも発生、これも正の走行性を有する)。アリツカゲラは「周囲に繁殖可能な木が生えていない場合」にアリ塚に巣を作り(通常は他のキツツキと同様、木のうろなどを利用して営巣する)、「木の中や割れ目にいる獲物を舌を伸ばして捕食する」形態がシロアリを食すのに適していたのでそれを食べているのだ。アナホリフクロウは砂漠や草原といった開けた環境に生息するフクロウで、そういった木が全くまたは殆ど存在しない場所においても高いところから獲物を探せるという利点から、アリ塚を利用しているにすぎない。アリクイは確かにその形態が専食するに特化・適応しているが、シロアリだけを食べるわけではなく、アリはもちろん小さな虫も食べている。

もし、シロアリがどんどん減り、それこそいなくなってしまったのなら、それに反比例してシロアリと同じものを食べていた競合他者が増え、それらが減ったシロアリの代わりとして利用されるだけであろう。逆に増えたのなら、シロアリを捕食するものたちも増えていくだけのはず。そしてそれをシロアリがコントロールすることはない。シロアリ自身もまた、その数を外的要因、つまり、自分たちがいる環境によって左右されるからである。豊富な餌と快適な環境が在れば増えるし、無ければその逆である。自分たちが環境を創り出していると同時に、環境の一部であり、その中に在るのだ。

シロアリが、それこそ、何かの漫画や映像作品の様に高い壁を築いて囲い込むように、他の生物たちを自分たちの生息する環境に閉じ込めているわけではない。彼ら自身もまた、環境という檻に閉じ込められているのだ。

果てが無いことで閉じ込められる。終わりが無いのが終わり。

延々と広がるシャーレの中に生まれ落ち、存在している

そして、それはヒトも、人類も同じ―

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