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美術・アート系の本

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美術に関する新刊・近刊を中心にしたブックレビューです。
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2022年6月の記事一覧

【美術ブックリスト】『愛するということ』 エーリッヒ・フロム

フロムはベルリンで精神分析を学んだあとフランクフルト社会研究所を経てアメリカに渡った学者であり、フロイトの理論にウェーバーやマルクスの社会分析を取り入れ、「新フロイト派」代表とされる。本書は1956年にアメリカで出版された世界的ロングセラーの2020年に出た改訳・新装版。 第1章「愛は技術か」で始まる。愛することは技術であり、技術であるからには理論があり、対象があり、方法があり、そのための修練が必要であるということが順を追って書いてある。 愛とは何かを、親子愛、友愛、母性

【美術ブックリスト】『アートとは何か』アーサー・C. ダントー

‎ダントーはもともと哲学者として分析哲学の領域で業績がある人らしいが、その一方で美術批評も手がけ、「アートワールド」という概念を提唱した人でもある。この概念が現代美学にアートを思考するひとつのパラダイムを開いたとされている。本書は遺作であり、ウォーホールやデュシャンを導きの糸としてアートを再定義するとともに、アートの終焉についても論じている。 ここまでが概要。 ここからが感想。 結論だけをいうとダントーによるアートの定義とは「受肉化された意味」である。要するになんらかの意味

【美術ブックリスト】『ヴェネチア・ビエンナーレと日本』国際交流基金 (企画・原案), 三上 豊 ほか (編集)

ヴェネチア・ビエンナーレ美術展の日本公式参加70周年を記念して、過去の展示の記録を詳細にまとめたのが本書。現在開催中の2022年展のダムタイプの展示内容を冒頭に、年代を遡る形で1952年までを網羅する。 出品された作品画像、展示風景、出展作家の略歴とコメント、コミッショナーの報告、当時の展示評などで構成されている。 ここまでが概要。 ここからが感想。 試しに古い方から読んでみた。 日本初出展となった1952年の第26回展には、梅原龍三郎、安井曽太郎、鏑木清方、福沢一郎といっ

【美術ブックリスト】東晋平『蓮の暗号: 〈法華〉から眺める日本文化』

著者は今から30余年前、メトロポリタン美術館で見た尾形光琳《八橋図屏風》に日本文化の本質を感じたという。それは侘び、寂び、アニミズム、武士道、禅といったこれまで語られてきた紋切り型の言葉では説明できないという。著者はそれを「法華経」に見出した。 文学、演劇、音楽、舞踊、茶、美術工芸に見られる法華経や、日蓮を信奉する法華衆との関連、茶人・絵師・職人たちの多くが法華衆だったこと、さらに本阿弥光悦、俵屋宗達、尾形光琳、葛飾北斎らの作品に影響している法華経の水脈を辿る。ここまでが概

【美術ブックリスト】『ジェームズ・アンソール : 仮面と骸骨の幻想』 (自作を語る画文集)

同社の《自作を語る画文集》シリーズの一冊。著書、書簡、講演録、インタビュー、展覧会のコメントなど、画家自身が残した言葉を作品画像とともに編集することで、画家自身を語る画文集。 アンソールは、近代ベルギーを代表する画家の一人。表現主義やシュルレアリスムの先駆ともされる。仮面と骸骨を多用した画家で、なぜそんな不気味なモチーフを選んだかなどの謎に迫る。 幼少期の思い出、美術学校で何を考えていたか、コンクールへの野心など、その都度アンソールが考えたことを追っていく。ルーベンスを敬

【美術ブックリスト】齋正機『福島鉄道物語』

福島県をカバーする新聞『福島民報』で2018年11月からスタートした連載「福島鉄道物語」は、福島市出身の日本画家・齋正機による絵とエッセイ。 故郷の福島の風景とそこを走る鉄道の思い出が、柔らかくほのぼのした日本画とエッセーで楽しめる。東北線、奥羽線、只見線、常磐線、東北新幹線、福島交通飯坂線、阿武隈急行など福島県民に密着した路線と車両が登場し、福島県民だけでなく鉄道ファンにも嬉しい。 福島民報の刊行130周年を記念して、今年の4月から5月にかけて福島県文化センターとうほう

【美術ブックリスト】『野田弘志 真理のリアリズム』

「野田弘志 真理のリアリズム」展は日本における写実絵画の現存する代表画家・野田弘志の最初期から近作までを選りすぐった回顧展。そのために制作された展覧会図録兼書籍が本書。 学生時代の作品、広告会社時代のイラストやデザイン、黒を背景とした細密な静物画、新聞連載小説の挿絵原画、大作シリーズ、近年の等身大人物画シリーズなど、余すところなくその画業を網羅している。 絵画作品はページに一点と大きく掲載してあるので細密さ、写実性がよく分かる。逆に挿絵やドローイングはモノクロ図版で多数掲

【美術ブックリスト】矢部裕輔『Hirosuke Sculptures』

彫刻家・矢部裕輔の初めての作品集。1972年神奈川県生まれ。東京造形大学彫刻科卒業後にさらに研究生として2年学び、現在は国内外で活発に発表をする。 木材、木片、廃材を使って、表面をドリルで穴だらけにしたり、削り跡を残した作品。モンスターや悪魔が怖さというよりユーモラスな造形となっている。「人間とは何なのか?」がテーマ。 ここまでが概要。 ここからが感想。 アトリエというか作業場で、工具のなかに置かれた人形のような作品が面白くもある。怖さは全然感じない。こけしのような素朴さ