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OB, OG会の寿命

 同窓会とはいいものだ。それぞれの世界へ旅立って行った仲間たちと、再会の機会を作ってくれる場となる。

 こういう大きい組織でなくても、サークルや自然に集まって出来た小さなグループにも、年数を経ると、同窓会のように、一年に一回、日を決めて集まり、旧交を温めるところを多々見かける。

 身近な例では、合唱団が、大きいステージで発表演奏会をする時、必ずリタイアした元団員たちに、御招待の声が掛かる。OB,OGたちは、後輩達の仕上がりぶりを聞いて、応援をするのも大切な動機ではあるが、同時に、その後の懇親会がお目当てでもある。招待されて馳せ参じる人の数が、古参のメンバーから順に減るかも知れないが、順繰りに若手が補充するから、その合唱団がある限り、続けられるだろう。

 世代交代のないグループでは如何?

 例えば、小学校のPTAで親しかった親たち。 子供が小さいうちは、何かと親が学校行事に駆り出されることが多く、地域も狭いし、共通の話題が多いので、これは結構長く続くようだ。酔うほどに昔話に花が咲き、若返った気分になって家路につく。

 しかし、他のグループを見ても、どうやら20年というのが一つの節目のようだ。交流のない20年間にはそれほど新しい話題もなくなり、年とともに病気の話が主流となってきたりする。誰からともなく、もうこの辺でやめようかという声が上がって、翌年の日程は決められずに解散。
 ところが、この後が面白い。もう翌年を期待する楽しみがなくなるかと思うと、途端に寂しくなるのか、元通りというわけでもないが、復活するのだ。

 退職した職場の夫人たちのグループというのもある。  家族ぐるみの親睦会とか、選挙運動の一端を担う活動で知り合った夫人達が、その後もX月第X週のX曜日と毎年日を決めて集まっていた。これも20年経った頃、もう来年限りで解散しませんかとの提案があったところ、その来年の当日に集まった人達は、あっさりと解散を撤回してしまった。いざとなると、惜別の情、抑え難しということか。

 多分reunion最長寿と自負するグループを紹介したい。
 大学の新入生は、クラス分けされた最初の授業で、 皆思い思いの場所に席を取る。たまたま周りにいる若者同士、 会話や議論を交わすうちに、誰かが厚めの大学ノートを持ち込んで、そこに、時間切れとなって中断した議論の続きを書き込み、回すようになった。今ならノートではなく、スマホの出番だろうけれど。
 これが13人のグループに纏まり、教養学部の2年間に、ノートは何冊に上っただろうか。誰かのところに残っていれば、青春の貴重な資料となっただろうが、何しろ67年も昔の話だから、行方不明も仕方ない。

  それぞれが学部へ進学してからも、交流は続いたが、年とともにあの世行きや、外出困難者が出て、今では年2回の集まりで、懐古談義に花を咲かせるのは5人になってしまった。2人までは続くとしても、何時 "そして誰もいなくなった (アガサ・クリスティー) " になるのかは、神のみぞ知る。


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