官能小説『乱反射』


『乱反射』


【この空に無限に満ちた色の中青しか見えぬ不自由さかな】


GWが過ぎた頃、小学校時代の担任、日下部先生が亡くなった。

葬儀は滞りなく進み、今、先生は荼毘に付されている。

火葬場の煙突の先の空気が揺らめいて、さながら時空の歪みを見ているようだ。

「よく晴れましたね」

「亡くなったときは雨だったのにね」
「晴れ男の面目躍如ってやつ?」

わたしは食事には手をつけずお茶だけをすすって座布団に座っていた。

GWの後半、雨が続いていたときは寒くて震えていたのに、今日は真夏のような陽気だ。

「あいっ」

「?え、ありがとう」

まだ入学前の女の子がわたしの目の前に大福餅を置いてくれた。前髪パッツンのマッシュルームヘア、黒目がちなお目々がかわいい。

「すみません、余計なことを」

「いーえ、ありがとうございます。いただきます」

わたしが大福餅をうやうやしく両手で捧げ持つと、女の子は母親の方を振り返り見上げながら得意満面の笑みを浮かべた。

「••••あの、失礼ですが、日下部とはどのような?」

「教え子です。三年、四年と受け持っていただきました」

「あぁ、そうだったんですか。あんまりお綺麗なのでてっきり••••」

「愛人?財産目当ての?」

先読みして言ってやった。もちろん冗談ぽく。

慌てて辞去していく親子を見送って、いただいた大福餅をお茶と共に胃に収める。

他にも教え子だったという人たちはいたがその輪には加わらず、わたしは気配を消すように葬儀参列のエキストラとなっていた。

先生がお骨になるまでにまだ時間はある。トイレを済ませておこう。


小学校三年の夏休み前、漢字テストで出来が悪かったわたしは居残りテストをやらされていた。

テストは全部で10問。満点を取ったら抜けられる仕組み。問題は回を追うごとに易しくなるのだけど、その日は3回戦目でも抜けられず、とうとうわたし一人だけになってしまった。

半泣きで答案に向かっているわたしに日下部先生は突然、

「ヒロコちゃん、テストはもういいよ、その代わりに先生のお願いを一個だけ聞いてもらえないかな?」

手を止めてポカンとしているわたしに、

「大丈夫。テストだったら答え見せてあげるから、書き終わったら先生と一緒に理科室に行こう。ね?」

夢中で満点の答案を書き上げ、わたしは日下部先生と理科室へと入った。


あの日、日下部先生はわたしにスカートとショーツを脱ぐように命じた。

喪服のわたしは黒のストッキングも履いている。

「ヒロコちゃん、履いてるものは全部脱いで」

「•••••はい」

「どうしてこんなことさせられているかわかる?」

「漢字テストができなかったから」

「そう、よくわかったねぇ。悪いことをしたら罰を受けなくちゃならないんだよ。じゃ、椅子に腰掛けてごらん」

あの日は木製の椅子。今はプラスチックの便座。

「うーん、座り方が違うなぁ。膝をもっと高くして、体育座りのように。そう、そうしたら膝は離して股のところが先生によーく見えるようにしてごらん」

恥ずかしい、の前になんでこんなことで先生は鼻息が荒くなっているんだろうと思った。

「ヒロコちゃん、オ◯ニーって知ってる?」

わたしは目をつむり全力で首を横に振った。

「そうなんだね、じゃあ先生が教えてあげるね。股の真ん中の上の方にお豆のような粒があってね、そこをクリ◯リスっていうんだよ、言ってごらん」

「••••くり、◯り、す?」

「きっとまだ小さいから中々見つけられないと思うけど、探してそこを指でくるくると回してごらん、中指だけで」

ジーンと熱くなるような感覚。そしていつまでもそうしていたいような。ここを触ると気持ちよくなれることをわたしは先生に命令されるよりも前に知っていた。嘘つきは泥棒の始まり。嘘をついたから罰を受けなくていけない。

「どこにあるかわかった?」

「はい」

「目を瞑って集中して。そうやってくるくるしていくとお豆が充血して硬くなっていくんだよ、わかる?」

「はい」

「本当?ヒロコちゃんはお利口さんだね、先生に見られてると恥ずかしい?」

「はい」

「そう、その恥ずかしいって気持ちが大事なんだよ、どうしてかっていうと、その恥ずかしい気持ちが、気持ちいいにつながっているからなんだよ。さぁ、もっと恥ずかしいところを先生に見せてね」

「••••はい」

かすれた声なのに個室の中思いがけず大きく響いてしまった。

くるくる、くるくる••••

先生、恥ずかしいです。あ、先生、気持ちいいです。

「ヒロコちゃん、今触っているところは皮が被っているから、これからはちゃんと剥いてあげてね。毎日だよ、約束できる?」

「はい、、、」

わたしは日下部先生の言いつけを守り、毎日クリトリスの包皮を剥き続けた。だから今では充血していないときでも綺麗に皮が剥けている。

実は葬儀独特の抑圧感の中、考えていたのはあの日の理科室での出来事だった。

読経の低い声色、そのリズム、焼香の所作、そして葬儀会場から火葬場までのバスの揺れ、ここに至るまでの全てがわたしをあの日の理科室に導いていた。

線香の匂いが鼻腔をくすぐる。

「ヒロコちゃんのクリ◯リス、だいぶ成長したね。先生との約束を守ってくれてるんだね、ありがとう」

四年生の夏休みに日下部先生の部屋に呼ばれたとき、はじめてキスをしてくれた。

人生初めてのキス。

そして初めて自分以外の人の指がわたしの中に挿れられたのもあの日だった。

「せ、先生••••」

わたしがクリ◯リスをくるくると刺激しているところに優しく中指だけを、それも浅くゆっくりと抜き差しをしてくれた。

「いい顔をしてるよヒロコちゃん、とても恥ずかしそうな顔。耳、真っ赤だね。どうお、気持ちいい?」

「気持ち、いいです、あ、先生••••」

たらりと伝い落ちる雫。

指はもう2本入っている。

中指と薬指。

親指がクリ◯リスを捕らえている。

先生に教わった基礎を応用することを覚えたのは割と早かった。

こうして手首を効かせながら中を探り親指で充血した突起をくじる。

と、

クチュクチュクチュ••••

ヤラしい音。恥ずかしくて人に聞かれたら死んでしまうほどに。

その音が読経とシンクロしていく。

中の指を手首の動きに同期させながら曲げ伸ばしをするとより感じる場所に届き、

「はぁ、、はぁ、、はあっ、」

個室に反射した自分の声をはっきりと聞くことになり、止められなくなる。もっと、もっと、気持ちよくなりたい、ああもっと、はしたない姿を。

見てください日下部先生、わたしの恥ずかしい姿を。何度も何度も、理科室の床にヤらしい汁をこぼして、何度も何度も罰を受けたあの時のように、わたしは今、感じています、見てください、そして聞いてください。わたしの、恥ずかしい音を。

気持ちいい••••垂れてる、、いっぱい、あぁ、先生••••

先生、先生はどうして、最後までしてくださらなかったのですか?言いつけを守って毎日オ◯ニーをして、クリ◯リスの皮も毎日剥いていつでも捲れてるようになったのに!

手が止まらない。断末魔みたいに気持ちいい。

反射的に水洗のレバーを回していた。

水が流れる。腰が弾む。

豪音に紛れて一気加勢に手を動かす。はあああ、声もでちゃう。腰の弾みで便座が音を立ててる。漏れてる、ぬるぬるが出ちゃう、イクっ、イクっ、止め、られない。だって、気持ちいい••••先生に見られてるから。気持ちいい、恥ずかしくて、気持ちいい!あああっ、イクっ、

「いっ!」

くぅ••••


便座から高く浮き上がった腰がスローモーションで落ちていく。

鮮やかな理科室の景色がモノトーンへと褪色していく。

先生は、日下部先生はもうこの世にはいないのだ。


はぁふぅう••••

ため息と共に脱力、そして体重を便座に預けた刹那、

「すごい••••」

「!」

口が動かない。

個室の仕切りの上から覗かれた!

消えた!

あれは確か、わたしに大福餅をくれた女の子の母親だ!

落ち着いてみれば隣室に人の気配があることがわかる。なのに、わたしったら夢中で••••してしまった。

隣室のガタゴトしている音を聞きながら服装を整えた。

ここは開き直る以外に選択肢はない。何を言われても聞かれてもシラを切り通すまでだ。

とにかく個室を出る。あとは一気にこの場から立ち去るのみ!

ダッシュ。

「待って」

後ろから声が。

待たない。そのまま早足で歩く。

「ねぇちょっと!」

わっ、喪服のスカートを掴まれた、力、強い!

「待って。みんなのとこに戻ったら話できなくなるから。だからちょっとこっち来て」

連れて行かれたのは藤棚の下の朽ちたベンチだった。

「まだ耳赤いわよ。冷ましてからの方が良くない?」

あ、まぁ、それは、そう••••かも。

「名前は?わたし、日下部尚美。故人の孫です。去年離婚してシングルやってる」

「中野博子です、わたしもバツイチです」

去年、40代に突入した区切りで離婚届を相手に叩きつけた。子供はいない。

「中野さん、葬儀の時から疼いてたでしょ?わたしも同じだったからわかる、うふふ」

「そんなことは、ありません!」

「だーめ、あたしが見てるのにも気づかないで夢中でオ◯ニーしてたんだから。嘘つきは泥棒の始まり」

確かに現場は押さえられたかも知れないけど、そう安々と降参するのも悔しい。

「あたしもね、日下部に仕込まれた口なのよ。もっと言うと、セックスの相手もさせられてた。中野さんはそこまではされなかったでしょ?」

ええーっ、ショック。わたしだけだと思っていたのに、しかもセックスまでだなんて!

「実はね、このあと、日下部にエロを仕込まれた男女だけの集まりがあるんだけど、出席するでしょ?」

「え?待ってください。男女?ってことは••••?」

「そういうこと。むしろ晩年は男色の方が盛んだったわ」

目眩がしてきた。一瞬、辺りの景色が色を失い歪んで見えた。

「それにしても博子さんの、すごかった。声出してアンアン言いながらお漏らしまでしちゃってて。目が虚空を見てるっていうの?完全に飛んでた、日下部の元に。そうでしょ?」

「それ、認めないとダメですか?」

「ダメよ、認めなさい。認めないと••••」

「!」

尚美さんの手がわたしのスカートの上から。しかもピンポイントに突起を捉えられてる!

「ここを、こう」

突起が押される。

目をつぶって耐える。

リズムよく押してくる。ほらほら答えなさいと責めるように。

「認めなさい、この淫乱」

あ、その罵り方好き。

「ごめんなさい。飛んでました」

だから、罰を受けさせてください。

「えー、つまんなーい。嫌がってくれなかったらイジメられないじゃーん」

手が引かれた。やだ••••

「えへへ、焦らしプレイ。参加するでしょ?このあとの集いに」

息が上がって返事ができない。

うなづく。ああ••••残り火を焚きつけられた下の方をなんとかしたい。

「そろそろ焼き上がる頃よ、行きましょう」

尚美さんは先に立って皆の方へ歩き出し、

「ん?」

立ち上がらないわたしを振り返る。

「ごめんなさい、先に行っててください。尚美さんに押されたところが痺れてて、ははっ、もう一回トイレに行って来ます」

「正直でよろしい。後でヒロコちゃんのオツユいっぱい舐めてあげる」

尚美さんは軽やかに立ち去り、わたしはトイレの個室へ飛び込み一気呵成にことに及んだ。

時間を短縮するためおもちゃを使った。

葬儀だというのに用意がよすぎるわたしは変態だ。

「イクっー!」

聞かれたって構わない。いや、聞いて欲しい。そしてわたしに罰を与えて欲しい。男子側の個室にいるわたしに。

「イッちゃう、イッちゃう、イッちゃうよ、先生!」

はしたなければ、はしたないほど供養になるから。

「イッちゃうよ、オ◯ンコいっちゃうよ、先生、オ◯ンコ、オ◯ンコいっちゃうよーっ!」


トイレから出たわたしはスマホを取り出し画面を見下ろした。

既に尚美さんとはLINEの友達登録を交わしてあり、最初のあいさつ文に続いてこれから行われる集まりの詳細が着信していた。


【日下部先生を偲ぶ男女の集い】


日下部先生に仕込まれたとはいえ、わたしはいわゆる複数人での経験値はない。

あれやこれやの妄想が頭の中に広がって行く。

おっと、急がないと。

素知らぬ顔で皆の中に加わり日下部先生のお骨を箸で二人持ちしながら骨壺に収めた。

最後に残った欠片を尚美さんのお子さんと持ち上げた。名前はアユミというらしい。漢字はきっと普通には読めない当て字なんだろうな。

式次第は滞りなく終わった。火葬にはいつもより時間がかかったと葬儀屋のスタッフさんたちが言っている声が聞こえた。

それはね、日下部先生がこれからの集いに参加したくて後ろ髪を引かれてるからなのよ。笑

「中野さん、あとでね」

尚美さんがアユミちゃんにシートベルトを掛け、車を発進させて行く、軽く手を振りながら。

わたしは火葬場から最寄り駅までのバスに乗り込む。

男女の集いが行われるのは日下部先生の自宅の地下らしい。そこにわたしは足を踏み入れたことはない。もし日下部先生の生前に招かれていたならきっと前の旦那と結婚することはなかったに違いない。

車窓の外に川が見えて来た。キラキラと水面が日の光を反射している。

あと何時間かすればわたしは地下室の中でこれとは違った光の乱反射を見ることになる。

馬鹿げていると思う。しかし、好奇心の方がそれに勝っているのも事実だ。

わたしは右手に数珠をかけ、前かがみになり数珠ごと喪服の上から強く左の乳房をつかんだ。


【一筋の光が空へ駆け上がり乱反射へと埋もれて行く】



〈了〉

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