懐古趣味

上野駅の中央改札を出ると雨がパラパラと降っていた。

よかった、傘をもっておいて。私は家を出る時に、傘を持って行く選択をした自分を誇らしく思いながら、カバンから折り畳み傘を取り出し広げた。

信号を渡り、JR線の高架下沿いを歩く。
目的地は昔ながらの純喫茶。

『Cafeギャラン』の文字に電飾が施され、ギラギラと輝いていた。

傘をゆっくりとたたんでいる私の前を、二組の客が追い越していった。

私は焦ることなく傘をカバンにしまい、階段を登ると入口で店員さんがお出迎え。

平日の午後6時。
仕事帰りのお客達であろうか、店内はほぼ満席だった。

『今、ご案内しますのでお待ち下さい。』
そう言われ、待ち時間をつぶそうと太宰治の人間失格を読み始めた瞬間、こちらへどうぞ、と案内された。

革張りの重厚なソファに腰をおろす。天井には豪華なシャンデリア、床のタイルもとてもお洒落。ザ昭和レトロの店内は全席喫煙可能で、煙草の匂いが充満していた。

注文するものは決めていた。
『クリームソーダを下さい』
そうして手に持っていた人間失格を読み進める。

しばらくすると、チェック柄のシャツにベストという制服の店員さんが、テキパキとした動きでクリームソーダを運んできた。

メロンソーダの鮮やかなエメラルド色に純真無垢なバニラアイス、そして赤いさくらんぼ。

見ているだけで胸がときめく。

一番先にさくらんぼを食べ、しおらしく紙ナプキンに種を取り出す。柄の長いスプーンでアイスを口に運び、ストローでソーダをすする。
なんとも贅沢な気持ちになる。


850円と少々お高めだが、この空間で味わえるなら堪能する価値あり。

2時間ほどゆっくりし、満足満足とひとり心の中でつぶやき、店を後にする。

降っていた雨はいつの間にかやんでいて、軽い足取りで私は騒がしい日常へと帰っていく。



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