三島由紀夫のお墓参り

武蔵境から西武多摩川線に乗り、多摩駅で下車。

駅員さんに『多磨霊園まで歩いて行けますか』とたずねると、その人は『あっちの方向に
歩いて下さい』と無愛想に指をさした。

エスカレーターを下り少し歩くと八百屋さんがあったので、優しそうなおばちゃんにまたたずねた『多磨霊園にはどうやって行けばいいですか』

今度の人はものすごく丁寧に行き方を教えてくれた。

『三島由紀夫のお墓参りに行くんです』と言うとおばちゃんは物珍しそうな顔した。30歳ぐらいの若者が、50年前に亡くなった作家の墓参りに行くことに驚いたのだろうか。

それでもすぐに『そう、いってらっしゃい』と言って、笑顔で見送ってくれた。

午前10時。梅雨晴れのこの日は気温が30℃になる予報だった。私は教えられた道順を足早に歩く。
信号で四つまたに分かれている道の右斜め奥へと進んで行く。そして次の信号を左に進みしばらくすると右手に霊園が見えた。

霊園内は大きな木が生い茂っているせいか、少しひんやりとしていて、音も静かだった。

外部から守られている聖域のような場所だ。

無言で眠る死者の上を、鳥達が『ここにいるよ』と自分の存在を知らせるように鳴きながら飛んでいた。

厳かにお参りする人もいれば、マラソンをする人もちらほらいて、なんとも不思議な空間だ。

ある人にとっては特別で、ある人にとっては日常なのだ。

私はというと、特別な感情を抱きはるばるここまでやってきた。

メモを取り出し、必死でお目当ての墓を探す。
10区 1種 13側 32番

霊園内はバカ広く、無数の墓石があるが地図どおりに探せば案外楽に見つけられる。

私は目的のお墓の前に立ち、思わず涙ぐんだ。
『平岡公威』
三島由紀夫の本名である。

彼が亡くなってもう50年も経つというのに、生きていた頃の姿を直接見たことがないのに、泣いてしまったのはなぜだろうか。

ずっと想って想って、ようやく会えたから感極まったのだろう。

これが憧れなのか、尊敬なのか、はたまた恋心なのか分からないが、ただただ感無量なのだ。

こんな感情は生まれ初めてだ。

ここに来て確信したのは、彼は生きているということ。墓の中で、作品の中で、私の中で生き続けている。

とにかく来て良かった。

お墓参りすることによって、私は生きる希望をもらった。そして、生き抜くことの重要性を知った。

住んでいる場所から3時間以上かけてくる価値が大いにあった。

今日のことは一生忘れないだろうし、もうこれ以上は無理かもしれないと思った時には、またここへ力をもらいにくるだろう。

本当に良き思い出になった。ありがとうございました。

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