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良い子の灯

聖家族永遠があるという嘘
恨みなしすべて星の仕業なら
夜業後の母の身体に錆がある
朝霧に少女は灯を運ぶ

§

 中学から高校まで、私は製紙工場のある海沿いの街で過ごした。その時分に私ついての川柳が、すくなくとも一つはしたためられた。描かれた情景にひどく身に覚えがあったので、読んだときにあれのことだとすぐにわかったのだ。また作者が誰かも見当がつく。作品の発表には雅号が用いられていたのだが。そんな出来事思い出したのは、数十年ぶりに作者から音信があったからだ。
 その日。私はくさくさした気持ちでトマトソーススパゲッティを食べた。速記を担当した裁判記録が横紙破りで廃棄されたのを、今日の朝刊で知ったせいだ。確かに書庫の面積は限られているし、資料の保管期限も定められている。だが棄てられたのは、まず手は出されない重大性の高い事件だ。自分の仕事が蔑ろにされたのも嫌だったけれど、この事実の方がより気にかかっていた。
 割り切れない心持のままで食器を洗った後。一階のポストを見に行くと、ゆうメールが送られてきていた。
 手元に届いたのはA4のクラフト封筒で、中には三冊のノートが収められていた。そのすべて冊子の、あらゆるページに、川柳がみっちりと書いてある。
 封筒には宛書だけで、送り主の名はどこにもない。だから手がかりは十七音の定型詩と、筆跡だけになる。ページを捲って中身を検分していた、ある刹那。おやっと私は目蓋を瞬く。
《朝霧に少女は灯を運ぶ》
 その一句が視界に入った途端、作者らしい人の容貌が眼前に過った。おそらく灰島さんだろう。明確な証拠はないが。
 灰島さんとは中学時代の同級生だ。巌じみた重々しい寡黙さと、襟足を刈った短髪が上手く噛み合った少年だったのを覚えている。若武者を彷彿とさせる凛呼とした体躯も、無愛想さを一種の魅力に昇華させていた。
 また、このような声も耳に蘇る。
 ――やっぱり郵便屋の娘は、道を覚えるのは得意か。

続く


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