ないものさがして、ないものねだる。①
ないものはなあに?
いつも、さがしている。
あっ、これこれ。これをさがしていたんだよ。
持ち合わせはないのに買う。
似たようなものを持っているのに買う。
わたしに足りないものはなあに?
いつもさがしている。
あっ、これこれ。これを埋めればいいんだよ。
学びの場をさまよい歩く。
行きたいところはどこ?
自分が素敵になれそうなところをさがして、
無理やり行く。
あるものなあに?
後悔と、罪悪感と、後回しにする支払い。
これがわたしの得意技。
気がついたら、いつも「ないものさがし」をしている。
これを買えば、素敵なわたしになれるかも。
これを学べば、素敵なわたしになれるかも。
ここに行けば、素敵なわたしになれるかも。
いやいや、なれません。
苦笑い。
と思えるようになったのなんて、本当につい最近。
自分にないものを探し続けるのは
終わりのない旅にでるようなもの。
ゴールのないマラソンを休みなく続けるようなもの。
なんだけど、そもそも「ないものさがしをしている自分」に
気づいていないものだから、
立ち止まることもできずにずーっと
ないものさがしをしてきた。
物心ついたときにはさがしていたから、かれこれ35年ほど。
そこにちゃーんと「ある」。のに、見ないから「なかった」。
『あるものにフォーカスしましょう』
自己啓発系というのか、何というのかはわからないけれど
そんな言葉をよく目にする時期があった。
「ふーん、そうなのね。」
書かれている言葉をいくら読んでも、
具体的な行動の起こし方を知らないわたしは
「そういうものなんだ。じゃあそう思えばいいのね。」
で、はいおしまい。
動かなければそのまま。動けば変わる。それはそうだ。
ただ、動き方がわからないから、ずっとわたしは「そこ」に留まっていた。
ないものをさがし続けてねだる、というポジションに。
いくら素敵な服を買っても、素敵にはなれなかった。
季節が変わると次から次へと出てくる、新しい服。
いつまでわたしは、買い続けるの?
いくら学んでも、素敵なわたしにはなれなかった。
深く深く追究する学びではなく、体裁を整えているだけ。
いつまでわたしは、取り繕い続けるの?
いくら素敵な場所に行っても、素敵にはなれなかった。
わたしが毎日住む家は、素敵な場所とは程遠い。
いつまでわたしは、出かけ続けるの?
どんなにお店を探しても、素敵な服は見つからない。
どんなに学びを深めても、素敵なわたしにはなれない。
どんなに行先を探しても、素敵な場所にたどり着けない。
ない。
ないない。
ないんだ、どこにも。
なんでないの?
こんなにたくさんの服が家にあるのに、着たいと思う服なんてない!
こんなにたくさんの本が家にあるのに、素敵なわたしなんていない!
こんなにたくさんの場所に行ったのに、家はちっとも素敵じゃない!
あるのに、ない。
なんでないの?
どこに行けばあるの?
いつになったら満足できるの?
苦しい。
生きているって苦しい。
なんて滑稽なんだろう。
悲劇のヒロインになりきって、わたしは生きてきた。
続く。
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