タイトル「家族、 」
私は父さんに似ている
恐ろしいほど。
父さんがはじめて母を打ったのは私が3歳のとき。居間の至る所にご飯粒と食器の破片が散乱していた。
父さんがはじめて私を打ったのは6歳のとき。手に持っていたポン菓子が空中に散らばった。
そして今、目の前で息子が泣いている。27歳の私と2歳児との生活は途方もなくて終わりが見えない。どちらが大人なのだろう。どちらが優しいのだろう。なにで測ればいいのだろう。
夫とは2週間会っていない。
気に入らないことがあると手を上げるのは父さんの癖だ。そして私の癖でもある。壊したいわけではない、傷つけたいわけでもない。ただ、やり場のない怒りをどう処理すればいいかがわからず身近なものに当たってしまう。
記憶の中の母が泣き、目の前にいる息子と重なる。静かに嵐が過ぎ去るのを耐えている姿が祈りに似ていて、どうすればいいかわからなくなる。きっとまた抱きしめてしまう。あの子はなにも言わずされるがままになるだろう。小さな体を震わせて安堵か恐怖かわからない涙を流すだろう。いっそ、突き放したまま触れずに暮らせたら、今よりも大事にできるのかもしれない。
私は離れることにも愛することにも忍耐がない。
刹那、ひとりの女が震え出す。ついにその時はきた。どちらかを選び、選ばなかった方は捨てる。
はじめからなかったかのように忘れてしまおう。今までの罪をなかったことにして、想像のリセットボタンを押す。
目を開けると部屋には私ひとりだった。
もうすぐ28歳になる。
ここから新しく人生を始める。
両親は仲が良く見ているこちらが恥ずかしくなるくらいだ。そんな両親から溢れるほどの愛情を受け育った私は天真爛漫な大人に成長した。毎日ご飯が美味しくて少し体重が増えたことは悩みだけどやりがいのある仕事に就き楽しく過ごしている。最近入ってきた新入社員が可愛くて仕方ない。大丈夫、全て、順調。
それなのに。
"何ともないから、あっち行ってなさい"
赤く腫れた肌を露わにして私にささやく母の声が聞こえる。私が家を出るまで父さんの癖は治らなかった。母はいつだって父さんと離れられるのに頑なに別れなかったのは私がいたからだろうか。
目を開けると見慣れた部屋。泣きながら眠っていた私を心配そうに見つめているつぶらな瞳と目が合う。
この子は私だ。どうすることも出来ず、どこにも行けず、もらえるはずのない愛を求めている。
罪は消えない。許されるはずがない。だけど、この子が私を必要としてくれるなら......。
そうしてまた抱きしめてしまう。
ごめんね、許して。穢れたこの魂を良い方向に連れて行ってくれるように願いを込めて。