『ゆかなさんとタイトルコール』
この方には本当に頭が上がりません。
前田真宏監督の『青の六号』のヒロイン紀之真弓役としてお目に掛かったのが最初でした。
『青の六号』のダビングの時のこと、浜町にあるスタジオでゆかなさんは朝までずっとダビングにつきあってくれました。役者さんがダビングに立ち会うことはまれですのでとても印象に残っています。しばらく経ってから理由を聞いたら「自分のお芝居した声が作品になっていく課程が見たい。勉強になるから」という感じのことを言っていました。 その後『フルメタルパニック』のテレサ・テスタロッサ役でご一緒することになりました。テッサ役に監督のボクが求めたのは『品格のある声』で、音響監督の鶴岡さんには「カリオストロの城でクラリス役を演じた島本須美さんみたいに声に品のある方」という希望を出していました。最終候補に残ったのは二人。その中にゆかなさんも残っていました。 プロデューサーや原作の賀東招二さんと話し合いの末選ばれたのがゆかなさんでした。 「ゆかなさんの声には『萌え』がある」賀東さんの言葉が決め手になりました。
『萌え』という言葉はその時のボクにはとても新鮮で説得力のある言葉でした。
『萌えるテレサ・テスタロッサ』の誕生です。
本編で使われた挿入歌『Take me out Mariana trench(私をマリアナに連れてって)』のタイトルと詩はメジャーリーグで試合の終盤に流れる『私を野球場に連れてって』にヒントを得てつくりました。 かなめ役の雪野五月さんとテッサ役のゆかなさんに歌ってもらえることになって、その録音でのこと。 風邪を引いて高熱があるにもかかわらず、ゆかなさんはスタジオに来てくれました。マスク越しに見える瞳は熱で焦点が合っていませんし、止まらない咳がとても苦しそうです。時間が迫って録音が始まります。 コートを脱いでマスクを外した瞬間、咳が止まり瞳は力強く輝きます。水島新司さんの『あぶさん』という野球漫画をご存じでしょうか? 1973年の連載開始から、現在も連載中という大作野球漫画ですが、プロ野球選手で大酒飲みの主人公景浦安武選手は、バッターボックスに立つ瞬間に手の震えがぴたっと止まって鷹の目でピッチャーを見据え一振りで仕留めます。 もちろんホームランです。
その時のゆかなさんは、まさに『あぶさん』のようでした。綺麗な声であっという間に歌い上げると「本当に大丈夫ですか? 本当に?」と何度も確認をします。「大丈夫」と鶴岡さんとボクの言葉を聞いてようやく納得したゆかなさんは、マスクをして分厚いコートに袖を通すと寒空の下を帰って行きました。 プロフェッショナルって本当にすごいと感じた出来事でした。
さて『ラストエグザイル』で何故ゆかなさんがキャストされずにサブタイトルコールだけの参加になってしまったのか? その理由をお話します。
キャスティングを決めるに際して、アフレコの曜日の候補が二つに絞られました。仮に火曜日と金曜日の二つということにします。忙しいゆかなさんが空いているのは火曜日。ところがソフィア役をお願いして了解を得ていた役者さんが空いているのが金曜日でした。アフレコは金曜日に決まり、ゆかなさんには泣く泣くお詫びをしました。その後フィルムの製作も順調に進んで、一話のアフレコが一週間後に迫った時のことでした。ソフィア役の声優さんから突然降板の連絡が入りました。理由は「出演している舞台の稽古で時間がとれなくなった」というものでした。
『有名な音楽家』に降板された上に、今度はアフレコ一週間前に主要キャストの突然の降板。
現場は大混乱『二つの出来事は実は深いところで繋がっていて・・・』と勘ぐってしまうくらいのミステリーな出来事でした。急いでゆかなさんにも連絡をしましたがその時には火曜日もスケジュールが埋まっていて役を担当することは無理な状況、「タイトルコールだけなら」というゆかなさんの好意に最後は甘えさせてもらうことになりました。
英語に堪能なゆかなさんにはとても相応しいポジションで、キャスト出来なかったことは残念でしたが最終的にはとても良いところに落ち着いた気がします。『ラスエグ』のサブタイトルは海外ミステリー小説『エイト』からヒントを得て、チェス用語を物語りの内容に合わせて選びました。
ソエジマヤスフミさんが作ってくれた素敵な映像にゆかなさんの綺麗な言葉が重なってとても雰囲気のある素敵なサブタイトルになりました。
さて放送も無事終わった頃だったと思います。
「チェス用語って、実はドイツ語なんですよ~」
ゆかなさんが明かしてくれました。
「英語が堪能なゆかなさんにピッタリ!」
そう言って説得した自分が恥ずかしいです。
やっぱり・・・ゆかなさんには頭があがりません。
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