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『台風とスケッチブック』

もう10年近く前の秋のこと、何年かに一度という大きな台風が関東地方を直撃したことがありました。 強い風と大雨がノルキア(あきる野市)の我が家を襲い、スレート葺きの屋根に大穴が空いて、そこから漏った雨水が屋根裏部屋と二階をびしょ濡れにしました。そのため屋根裏においてあった資料や本、昔書いたコンテのコピーなど、大切に保管していた沢山のモノが被害に遭いました。

台風が去ったある日のこと、後型付けをしていて一冊の古びたスケッチブックを見つけました。汚れてはいましたが幸い雨には濡れずにすみました。中身を確かめるためにページをめくると次々と現れる『信じられないくらいヘタな絵』の数々(汗)思い出しました、これは三十五年前の十九歳だったボクが『竜の子プロダクション・アニメ技術研究所』の面接用に書いたスケッチブックで、面接の前日に慌てて書いたものでした。


ドラゴンに見えない龍、松本零士さんのキャラらしき銀河鉄道999の模写。他にもとても言葉では言い表せない珍品の数々です。『ヘタウマ』ではなくて『ヘタヘタ』どこから見ても褒めようのないカットばかり。面接の結果はというと、もちろん「諦めなさい」と不採用でした。

さて一週間後、懲りもせずに少し絵を書き足して再挑戦。「この世界は本当に大変だからね~、わたしはお勧めしないよ」と養成所の所長、杉井興治さん(アニメーション監督、杉井ギサブローさんの弟さん)の言葉。「こんなに絵が下手な子は見たことがない」と表情が語っていましたが、ここでめげてはいけません。『三本の矢』『三顧の礼』細い矢も三本束ねれば折れないし、三度誘われれば諸葛孔明だって落ちるのですから。『三度目の正直』という訳でもないですが、もう一度だけとスタジオを訪ねました。所長さんもさすがに困っていました。根負けした所長さんが          「まあ・・・今、男の子が少ないし・・・う~ん、スタジオの引っ越しに男手は必要かァ。へ~、野球部だったんだァ?」所長さんは一生懸命ボクを入れる理由を探してくれているようでした。

「竜の子本社にも野球部があるからね~」採用の決め手はこれだったようです(笑)。上位指名ではなく『育成枠』の入団でしたが、かろうじてドラフトに引っかかりました。野球をやりはじめて絵を書くことから遠ざかってしまったボクが、野球のおかげでアニメーションの世界に入ることができました。あれから三十五年。アニメの世界に入るきっかけになった懐かしいスケッチブックと再会出来たのは台風のおかげでしょうか?

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