『信頼するということ』
監督という仕事は『スタッフを信じて任せる』という部分がとても多い仕事です。エンドテロップを見ればどれだけ大勢のスタッフの協力でフィルムが出来上がっているのかが解ると思います。
それはテレビシリーズも劇場作品でも変わりはありません。それだけ大勢の人が関わっていますから、スタッフ間のコミュニケーションと信頼関係がとても重要で、それがフィルムの質を左右することになります。ですから、数多の監督さんはどうか解りませんが、ボクはスタッフの人柄と技術を信じて仕事を任せるようにしています。結果、スタッフが信頼に応えてくれてとても良いフィルムが出来上がることがほとんどでした。それでも中には上手くいかずに、出来上がったフィルムに失望する事も、その過程での失敗で学んだことは『盲目的に信用して放置することは、相手を信じているとは言えず、結果として数々の問題を生み作品の質を落とす』ということでした。書き出しと真逆の事を言っている気がしますが今まで経験した失敗談をお話ししようと思います。
あれは初めてテレビシリーズの監督をしたときのこと。オープニングの映像が出来上がってダビングが始まりました。音響スタッフがOP曲の完パケDATを機械にセットして一回目のテストが始まります。それまで何十回と聞いた曲です。ヴォーカルの女性の声を聞いた瞬間でした。「あれ?」違和感で胸がざわつきます。『この人、もっとずっと歌が上手だった気がする』
この違和感を音響監督に伝えます。「完パケのDATのデータですから大丈夫です」音響監督は太鼓判を押し、ダビング作業は終わりました。数日後、第一話が放送され大きなミスが発覚しました。オープニングに使用された曲データは完パケではなくデモテープでした。制作担当者が完パケと勘違いして音響スタジオにデモテープを届けたことが判明しました。放送事故で、急遽ダビングをやり直して何とか三話から正式のオープニングを流す事ができました。
その後、スタジオでは責任を問う会議が招集されました。OPの演出を引き受けてくれた監督クラスの演出さんが耳打ちします。「監督の君を責めるつもりはない、合併して新たに入ってきた者たちに活を入れるための会議だ」
釈然としませんでした。彼の言葉は「今回の件を利用して力関係をはっきりさせる」とボクには聞こえました。これはスタジオ内政治です。「それは君が悪い、監督の責任だよ」片や真逆の事を言ってくれた監督さんがいました。違和感に気づいて音響のプロである音響監督の確認は取ったと思っているボクに、彼の言葉は容赦なく突き刺さりました。スタッフを信頼していたとしても、疑問や不安に感じたことがあるのなら、最後まで粘って不安材料を取り除くべきでした。『全ての責任は監督が取るものだ』ボクは大切なことを教えられた気がします。
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