溺死の記憶 //220213四行小説

 水の引いた用水路を見て『溺れなくて済む』と安心する。想像の自分は雨が降っている日はいつだって溺れていた。酸素を求めて顔を出し、足で底を探そうと突っ張っても何も当たらず口から水が入っていく。何かを掴もうにも藻の生えた壁面はぬるついて、ぬるつくのに鋭利なところがあり手に傷が付いた。傷の痛みは水の冷たさで感じることは無かったが、だんだんと身体の芯に冷たさが迫ってくる。雨の日に外に出る人はあまりおらず、暗闇の用水路に目を向ける人もいない。雨の音で声も通らず、どこまでも流されていく。
 本当に一度だって溺れたことは無いはずなのに、鮮明に思い出せるのは何故なのだろう。記憶のあの日に死んだのは誰だったのだろう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?