知らない街にて //211214四行小説

 誰も自分を知らない土地へ来て一ヶ月。転勤で始めこそ土地勘が無いために道に迷ったり方言に戸惑ったこともあったが、慣れてしまえば比較的住みやすい場所だった。
 悪いことは起きない。家と仕事の往復で、それなりに忙しくもあったから良い意味で余計なことを考える暇はなかった。
 けれど、良いことも特にない。都会に出るのにも一時間はかかる、大した面白味もない土地だった。
 久しぶりに定時に職場を出られて、真っ直ぐに最寄り駅へと向かう。
 何か甘いものでも買おうかとコンビニに目をやると、向かいからコンビニの明かりに照らされている人とすれ違う。スッと冷える冬のような瞳に、同じくらいの身長。馴染みのあるその顔に、目を疑った。
 すれ違ったのは見知った顔だった。高校のときのクラスメイトで、授業を一緒にサボったりマラソン大会で争ったりしたこともある仲だった。
 しかしこんなところにいるはずがない。確かあいつは地元で就職していて、こんな場所にいる可能性は低いように思った。他人の空似という方がまだ納得できる。立ち止まり、振り返るも後ろ姿ではやはり本人か分からない。記憶よりも髪は長く、ふわふわとした髪をワックスで整えている。あいつはこんな髪型をするだろうか? 考えても、最後に会ったのは高校の卒業式だったから分からない。特別仲が良かったというわけではなかったのだ。六年も会っていないのだから、趣味も見た目も変わっているに違いない。
 きっと別人だったのだ、と前に向き直ろうとしたときに、その人がこちらへと振り返った。目が合って、じっとこちらを観察していた。
「……秋人?」
「雲井か……?」
 次の瞬間、獲物を見付けた猫のように瞳孔と目を広げて雲井は走ってこちらへやってきた。腕を広げて、勢いを殺さず俺を抱きしめる。これまで連絡を取らなかったくらいの関係の久々の再会にしては、やけに熱烈な歓迎じゃないか。俺はそんなクラスメイトをしっかりと受け止めた。
 この街に、自分を知っている人がいるという事実に何とも言えない嬉しさを感じて胸が熱くなる。思ったよりも自分は寂しかったみたいだ。

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