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権威主義の永続を阻む自然の外圧と人類の性善説~『1984』書評➀

 ジョージ・オーウェルの『1984』は1984年よりもはるか先にある今を大きく照らし出す光である。アメリカやフランスにさえ権威主義が吹き荒れる2020年代の今、「2+2=5」の悪夢は未だ目の前の現実であり続けている。 

 読後、私はもっと早く読んでいればと悔やんだ。そうすればもっと早くこの世の腐敗をシンプルかつ明快に捉えられることが出来ていたのにと。

『1984』は、戦後70年以上を経て世界がどのように歪み、どのように破滅の道をたどってきたのかという事を、総合的かつ本質的に提示した小説だと言える。 

 最も評価できるのは、著者オーウェルが上中階層の堂々巡りから永続的な権威主義への歴史的な移行を洞察した点だ。富の公平な分配を阻む最大の要因に、権力者による教育に対する恐れがあるという点も鋭い。 

 だが、人類の暴力への執着や性悪説に基づく悲観主義など、ジョージ・オーウェルが未来や人間観を読み違えた面もあった。賛否両論まじえて4回・12章に渡るレビューを記し、最後は私のささやかな希望を示したい。

 

1:人気の秘訣は歴史の闇を暴き明快な答えを出す作風にあり

私は『1984』の前にコロナ禍の日本でもベストセラーになったカミュの『ペスト』を読んだ。そして20世紀を代表するこの2つの名著は偶然にも作風が一致していることに気づかされた。

2つ共に社会学的な論文と小説的なストーリーを
ほぼ半々に分けた体裁なのだ。 

 2作共に難解である上にページ数も長い。私が読んだKindle版は紙の本換算で450ページもあり、メモを取りながら読破するのに3週間かかった。『1984』の訳者・高橋和久があとがきで、本書がイギリスでは読んでもないのに見栄を張って読んだと言い切る「読んだふり本」NO1になったと指摘したのにもうなずける。

 だが読んだふり読者を差し引いても、この2作は今も世界中で読まれている。それは2つ共に巧妙な体裁を取っていることが大きな要因としてある。

どちらの語り手も、いつ死ぬか分からない
極限状況に置かれている。
そして、決して誰にも読まれることのない
個人的な日記として文章を残そうとしている。

 それによって読者は誰も目にしたことがない歴史に隠された秘密を読むような好奇心と共に作品世界に入ってゆける。だからこそ難解な内容でも多くの人は必死に食らいつこうとするのではないか。

2:読めば答えが得られる明快さ

 もう1つの魅力は、社会学的論文とも言える文章の明快さだ。普通、文学とは文章に余白を作って読者の自発的な考えを呼び込もうとする。

だが、『ペスト』と『1984』は共に
語り手がほとんどのテーマ、争点で明確な答えを出している。
さらに言えば、その答えの多くが真実を突いているのだ。

 例えば、なぜ作中の権威主義国家・オセアニアでは性抑圧が強いのかという点では、モラルからではなく、その鬱屈したエネルギーを党への熱狂的支持に変える目的があると指摘される。

 それはどの国でも未だに性産業・性カルチャーが過度にさげすまれる現代にも通じる真実性を持っている。今、民主国家では搾取労働にそのエネルギーが注ぎ込まれている。

 私にはそういったことが痛快だったし、世界中の多くの読者も大変ではあるが文章を追えば必ずさまざまな疑問の答えを得られることに快感を覚えたのではないか。私自身、1小説家として同じスタイルを取っているので大いに励まされもした。

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