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現状維持を図る二重思考と暴力を介した生権力~『1984』書評➁

3:『1984』の世界観メモ

『1984』の世界観をシンプルにまとめたい。しかしオーウェル自身の意図や模範的な作品解釈とは異なるものになるかもしれない。忠実な読解を心がけたが、これはあくまで1読者としての解釈である。

『1984』の神ともいえるビッグブラザーの本質には権力欲がある。

 権力自体を欲する本能であり、それ以外は何も欲しない純然たるものだ。心理学的に見れば、それはナルシズム型の人格障害であり、トランプ元米大統領などにも顕著にみられたものだ。

 終盤に主人公を拷問にかけるオブライエンにもそれが明白に表れている。ビッグブラザー党の不滅の精神と自らの命を同化させる自己認識には、まさに病的なナルシズムが潜んでいる。

 人は権力を取れば「現状維持」に走る。権力奪取後は少数が権限を独占する「今のまま」を保つことが権力欲を満たすものになるからだ。ビッグブラザーが君臨するオセアニアでは現状維持を達成するために「二重思考」という手段を使う。

4:二重思考

 『1984』の核心にある二重思考は難解な概念として有名だ。だが、シンプルに言えば、自分の中で延々と自己否定を繰り返すことにあると言える。

 党の幹部をふくむオセアニアの住人の大半はビッグブラザーの嘘に気づいている。だが、そうと知りながら嘘はついていないと自分に言い聞かせる。そしてその自分で自分をだます自己欺まんにも気づくが、やがてそれさえ忘れてしまう。

 この永遠の打ち消し、自己否定が二重思考の本質である。二重思考の元では人は何ら明確な方向性を持てない。だが、現状維持はこの精神錯乱を糧にしてふくらみ、今のままの現実をキープしているのだ。

5:二重思考に通じる日本の両論併記と議論のかく乱

 日本人の読者なら、この二重思考を受けて両論併記を思い浮かべた人もいるだろう。NHKを始め日本のマスコミは10年ほど前からどんな社会問題にも両論併記というスタイルをベースにするようになった。

 これはフェアな報道などではなく、まさしく現状維持に偏った態度であり、変化を排除する手段になりうるもの。二重思考もまさにこれだ。

 また三浦瑠璃に代表されるような日本の保守的知識人も、この二重思考に通じる論法を持っている。自分が明らかに不利な立場に立たされると、ほぼ無関係なフィールドから正論を打ち消す意見を出して煙に巻く。問題を無駄に複雑化して、現状維持を図る。そういうまさにかく乱戦法だ。

6:暴力を介した生権力

 二重思考の次にビッグブラザーが権力欲の手段にしたのが、生権力だと言える。哲学者ミシェル・フーコーが広めた生権力とはこれまた難解な概念だが、基本は人を生かしながら死人にして管理するパワーのことを指す。

 オセアニアは他の2大国と常時ゆるい戦争状態にあることで、生権力を発揮している。常に戦時下に置かれた人は国家に生き延びる手段を求める。国家はそれを提示することで都合よく国民を支配できる。

これはコロナ禍に置かれた現代でも多くの国に見られることだ。
 パンデミックはこのオセアニアのゆるい戦争とほぼ同じものだ。

 今、多くの国はコロナをかざしてワクチン接種を強引に押し進めており、多くの国民はそれに大人しく従っている。これもまさに生権力だ。

 ただオセアニアの場合、国家に反逆した者には、暴力を介して生権力を行使する。ここは現代とかい離した点だ。主人公ウィンストンと恋人ジュリアは党の残虐極まりない拷問によって精神を病み、やがて自発的に権力に服従するようになる。これもまた生権力の1つの表れだ。


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