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備忘録。18

 起承転結のある物語に触れ続けていると、起承転結のない物語に出会った時にもやもやした感覚になることがある。物語を受け取る際に、起承転結が必ずあるものと思って入り込むために、そういうことになるわけである。ただ、そうした作品に唐突に出会ったとしても、十分な満足感を得られる作品というものはあるわけで。つい先日、それが何かということを映画館を出た後、しばらく考えていた。それは、私と視点が同じ作品である。世界の切り取り方が同じ人がいると、どうしようもなく嬉しくなってしまうのだ。

1.一穂ミチ『スモールワールズ』(講談社)

 ずっと書こう書こうと思っていたら、直木賞作家になってしまった。怠惰なばかりに、何ヶ月も感想を頭の中に閉じ込めてしまっていた。
 ということで、今回最初に紹介する本は直木賞作家、一穂ミチの『スモールワールズ』である。本屋大賞にノミネートされたことのある作品ということで、読んだことがある人も多いかと思う。本作は、夫婦、親子、姉弟といった7つの関係性を軸に、心の中の細やかな感情をすくい取った物語である。このように紹介すると、重松清の作品にように家族愛あふれる温かな物語を想像する人も多いかもしれない。しかし、本作はそれを裏切ってくる。
 第1作「ネオンテトラ」の主人公の主婦は、不妊や夫の不倫に悩まされている。鬱々とした日々を送る彼女は近くのコンビニで男子中学生と出会う。父親が飲んだくれで、家庭での居心地が悪い彼はよくコンビニで時間を潰していたのだ。コンビニでの出会いをきっかけにどこか不思議な交流を続ける主婦と少年を、鑑賞魚のネオンテトラに絡めながら描いている。このように、本作に描かれている関係性は1つの単語だけでは言い表せない。そこから生まれる温かさ、悲しさ、恐ろしさを味わってほしい。

2.綿矢りさ『嫌いなら呼ぶなよ』(河出書房新社)

 やりすぎくらいがちょうどいい。 本作は、人の心の闇をとにかく描写するという作者の意図が垣間見える小説だ。表題作の「嫌いなら呼ぶなよ」では、妻の親友に招かれたパーティーで、罪悪感なく女性と不倫を重ねる男性が不倫を断罪される裁判もどきが描かれる。道義的に反した不倫をとにかく断罪したい親友と、全員の前でなお、不倫したことに対する反省がまったく見られない男性の対比はまるでシリアスなコメディーを見ている気分になる。正直、この手の物語は相対的な悪を成敗する相対的な善に共感することが多いが、この短編では誰にも共感できなかった。誰も彼も何かに操られているのかと思うほど、必死に現状に陶酔している。
 本作にはこうした読者を嫌な気分にするような短編が4作収録されている。美容整形を散々にイジられる人が登場する「眼帯のミニーマウス」、YouTuberに執拗なアンチコメを書き込む人が登場する「神田タ」、ライターと作家の間で板挟みになる編集者が登場する「老は害でも若も輩」。特に、「老は害で若も輩」のラストは必見だ。現状にドロップキックしたい人は是非。

3.サラ・ピンスカー『新しい時代への歌』(竹書房)

 テロと感染症で観客を入れるライブが禁止された世界が舞台の本作は、コロナ前の2019年に刊行された(訳版は2021年)。数ヶ月後の「予言の書」として話題になった本作には、2020年以降の世界と重なる描写も多く、SF小説でありながら、現実から少し先にある近未来の小説を読んでいるような印象も受けた。「SFは未来を予言する」とはよく言われるが、これほど現実に迫っているSFは初めて読んだ。
 本作は、法の目を掻い潜ってリアルでのライブを行うミュージシャン・ルースと、ミュージシャンを発掘するスカウトの仕事をしているローズマリーの2人の視点から描かれる。ローズマリーはバーチャルでの生活が当たり前になっている世代として描かれており、本作の世界ではユーザーがオンラインで繋がることでリアルと同等の十分な満足感を得られるようになっている。リアルでのライブを模索するルースと、バーチャルでのライブを模索するローズマリーの2人が行き着く結論までの描写が見事で、クライマックスの場面は是非とも映像で見たい。作者のサラ・ピンスカーがミュージシャンでもあるため、ライブの描写も読み応えがあり、おすすめの一冊だ。

 空の面積はとにかく大きい方が好きだなと思う日々。

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