雨を見たかい
しばらくは大口の仕事を入れてくれるな、と何度となく言った筈だが、連絡会の方々は老いぼれゆえかどうも耳が遠いらしい。いっそその耳ごと切り落としてやろうかと思うくらいには、私はいらついていた。
「次の標的だ」
マルコは苦虫を噛み潰したような顔で言った。私の性格をよく熟知している彼は、私のご機嫌がアルファ・ロメオの電装系並に気難しいということも理解していた。
「消すのか?」
私はコーヒーを啜りながら言った。
あまり無駄に怒りたくはないが、条件の悪い仕事というわけでもなかった。
「……ああ」
はぁ、とマルコが深い溜め息を吐く。
「そうか――」
私は机上に置かれた一葉の写真を手に取る。目つきが鋭く、額の広い若い男が写っていた。鋭い――というよりは、殺気立った、俗な言い方をすれば「やばい」目つきだった。
写真の右上に、ペンで赤い丸と、その上に十字が刻まれていた。標的には判りやすくそうしておいてくれ、と私が言ったからだ。
「いつまでに?」
「今日から2週間――リッチー“プアマン”ローギンスが元中佐と親睦会を開くまでに、だと」
「口利きは」
「中佐のほうだ。探られたくない腹があるんだろ」
「――こいつの名は?」
「アンディ・パウル。東欧系のストリートギャングだ。元々は由緒あるマフィアの戦闘員だったようだが今は根無し草だ。途方もない乱暴者で、味方に銃を向けやがったんだと」
「よく生きてるな」
「まったくだ――が、それこそがあんたに依頼が回ってきた最たる理由さ。運も実力もある、そういう相手だ」
私は窓の外を見た。ねずみ色の空だった。
「――報酬はいつも通りだ。前金4割、『確認』できれば残りの6割。頼んだぜ」
マルコが私のアジトを辞すると、すぐに空が泣き出した。
私は机の隠し扉から年代物のリボルバーを取り出し、銃口に減音器を装着した。決行は今夜のほうが都合がいい。雨が全てを洗い流してくれるからだ。
(つづく)