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カータン×赤星くんLIVE配信合同クラファンで注目度NO.1! 2/3

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赤星くんってどんな人?

◆赤星くん:普通の自己紹介でいいですか?

♡カータン:どうぞどうぞお好きなように。

◆赤星くん:そうですね記事のちゃんというと、僕は男3兄弟で、真ん中で生まれて、父がさっき言ったように美容師を地元でしていて、お店を1人でやってたんですよね。
お店1人でやってたんですけど、中学2年生のときに病気で亡くなって、店舗だけ残ったんですよ。そのお店を再開させないといけないっていうことで、そっからこのお店を再開させようという思い。で、勉強してきて、何で理容師なのかっていうのは、父に将来このお店で働くって言ったときに、その父は美容師、だからお前は理容師を取れって言われて、そしたら美容のお客さんは俺がやって。理容のお客さんはお前がやるから、みたいな感じで、出来るから理容に行けって言われて。父が亡くなってどっちでも良かったんですけど、そう言われてるっていうのが残ってたんで、僕は理容の方選んで。そっから母がその前に亡くなってるんで、おじいちゃんおばあちゃん2人に男3人育てられたんですよね。
おじいちゃんおばあちゃん、男3人っていう5人の家族構成で、おじいさんおばあさんは3人子供いるんでお金がそんななかったので、福井から出て、住み込みで、大阪の理容室に就職して、働きながら学校行って学費払ってっていう感じで、でも、とりあえずお店を再開させなあかんというのがずっと頭にあったんで。
とりあえず開業資金をずっと貯めてて、それこそ無料で経営のこと学べるっていうのでYouTubeを見始めたら、そこに鴨さんが出てきて、お金を貯めなあかんというのがあったんでリアルのセミナーとか行けなかったんですよね。なのでずっとYouTubeで見てたんですけど。それで、やっと去年の11月12月頃にある程度開業資金が貯まったんですよ。全額じゃないですけど、融資引っ張ってきて、開業できる位貯まったんで、良し!開業しよう!というので去年の12月働いていたところを辞めて、地元帰ったんです。
ずっと鴨さんは4年ぐらいYouTubeで見てたわけですよ。僕は最後に、開業したらもう店舗忙しくなるんで、最後1回だけリアルで会ってみて、開業準備しようかなと思ってたんです。最初で最後でVIP席っていうのを買って鴨さんと喋る権を買って、それが始まりですね。そっからいろいろその横の繋がりができてどんどん入っていくことになるんですけど、本当に初めはその1回で終わって開業準備に行こうっていうので、最初で、最後という想いでした。

♡カータン:それが、すごい!しかもVIP席買ったっていうのがもうすごいよね。

◆赤星くん:いやぁ、最初で最後でってことで。

♡カータン:本当すごいなって思う。私も息子いるし、やっぱりうちのほら息子たちも父親をなくすっていう経験してるから。そこの部分の重なりもあるなって思ってて。すごい人ごとじゃなく見ていました。

◆赤星くん:確かに

♡カータン:そうねだから、病気で亡くされているから。うちもね病気で亡くなって、まだちっちゃかったからね。うちの下の方はまだ4歳だったから、下の子は全然覚えてなくて。そうそう上の子はねもうそのとき、9歳とかだったから。亡くなって、その日のうちになんか熱出しちゃって、もうそっからうちの息子たち寝込んじゃってね、いろいろ大変で。

◆赤星くん:そうなんですか。

ドラマのような本当の話



♡カータン:それが、その年に東日本大震災があったんですよね。2011年に行ってときに私の地元の石巻ですごい大変な被害を受けて、ていうときにうちの主人は具合が悪くなって、そこで病気が発覚したんですよ。震災と関係なく。そこでもう余命2ヶ月みたいな感じで言われちゃって。病院をねちょっと入院できなかったりしていろいろ大変で、でもすごくあの東日本大震災でね2万5000人ぐらいの方が、ある日突然亡くなったのをみて、うちの主人は、自分は余命宣告されたから幸せだっていうふうに言ってて、まだ2ヶ月もあるって

◆赤星くん:やばっ!

♡カータン:余命宣告もされずにある日突然なくなったわけじゃないですか。大勢の人が、だから自分は残されてる時間で家族のために生きるって言って、息子たちに手紙を残してたんですよ。小学生中学校入学、高校入学で大学入学。で最後は20歳の誕生日のときに渡す手紙っていうのを実は用意してくれて。そうでね、もうね最後ちょっと力なかったから話したことを私が代筆して書いててっていうのを実はやってて。

◆赤星くん:これは、やばいっすね映画っすね。泣ける。

♡カータン:二十歳の誕生日が、手紙と一緒に最後にね、ロレックスの腕時計がちょうどうちの主人二つ持ってて。会社員のときに一生懸命自分が働いて、貯めて買ったロレックスが2個あるから、ちょうどうち息子2人だったから、その息子たちに、どっちでもいいから手紙と一緒に渡して欲しいって預かってて。ちょうどね、赤星くんと同じ歳の息子がうちいるから20歳のときにそれを渡して、長男はもうそれで完結してももらったとき号泣してました。うちの息子。

◆赤星くん:ヤバい。それまでは、だから、あんまり喋らずにいたことですかそのことは。

♡カータン:なんかねちょっと傷を負ってて。うちの息子長男は特にね。なんかすごく父親が亡くなったことがすごい受け止めきれてなかったから。
それでなんか、ロレックスっていう、わかるかな?ってちょっと心配で。ロレックスの価値を。これは何だかわかる?って言ったらロレックスじゃん。なに?これとかって言って「実はこれをねあなたの誕生日に渡して欲しい」って言われて預かってたんだよって言ったら、もうボロボロボロボロ泣いて、でもずっとメンテナンスしてないから時計も止まってて。だから、これがふさわしい大人になった時に、しっかりメンテナンスをして、ちゃんと時間を自分の時間を刻んでいきなさいっていうメッセージがあってその時計には。そうなんですよ。

◆赤星くん:いや、やばい話ですよ。

♡カータン:あのクラファン全然関係ない話しちゃって、すいません。そんなことがあって

◆赤星くん:なんか投稿とかに書いてます?それ?

♡カータン:それをね、実はインスタの方ではフォロワーさんにそういう話を実はしていて。なので結構、私のお菓子は、私お菓子なんて美味しいお菓子山ほどあるじゃないですか。だから、何かそういうお菓子じゃなくて、私にしか作れない私から買うことに意味があると思ってるんですね。だから何か私のストーリーをインスタでは、いろいろ話させてもらってて、きっと私からお菓子を買う人って何か、何かがね、きっと繋がりがある方なんだろうなと思って。いろいろコメントくださって私も実はなんか同じような経験しました。とかっていうやり取りをフォロワーさんと過ごしてる。

◆赤星くん:いやそれは、ちょっと。いや、まさかそんなすごい話を聞けると思ってなくて。これは本当泣ける。ちょっとライブじゃなかったら多分本当に泣けるやつですね。

♡カータン:ありがとう。だからすごいね、なんかきっと赤星くんのご両親もねいろんな思いを赤星くんに伝えたかっただろうなって、なんか勝手に私もなんか想像してさあ。なんか私もクラファンのページ見ながら泣きそうになってたもん。赤星くんの。

◆赤星くん:この震災のときは、2人とももう家族全員大丈夫だったってことですか?

人生最後の花火



♡カータン:避難所避難して無事だった。でもね、その震災あって、すぐに病気発覚したから。仙台市内もすごいやっぱり石巻とかの被災地からすごいいっぱい病院に搬送されてきたからね。そもそも入院ができなかったんですよ。最初。すごくいろんなことがやっぱり遅れちゃって、なんかもう気づいたときには本当に余命わずかだった。ちょうどね震災終わって花火大会とかあるときも、病院の看護師さんとかが、やっぱり子供たち不憫に思ったのか、すごいなんか素敵な高いお金払わないと入れない個室そこに私達家族を入れてくださって。ここから観るのが、多分最後の花火になると思うから家族で見てくださいって配慮していただいたりとかしてね。でも子供たち無邪気で、何もわかんないから走り回って「わー花火」なんて言って見てたんだけど、実は本当にそれが主人にとっては、人生最後のね子供たちと一緒に見た花火になったりしたんだよね。

◆赤星くん:もちろん子供たちに言ってなかったってことですよね。もう余命2ヶ月とか。

♡カータン:そうね。言ってもわかんないだろうなと思って、でもねなんかやっぱり病院に入院してたときは、子供たちもだんだん病院へ今日も病院行くの?とか、やっぱほら静かにしなきゃいけなかったりするから、ちっちゃい子供にとってやっぱ病院ってストレスでしょう。「もう今日病院がなくていいや」とか言うようになってきたから、いよいよこれはまずいなと思ってやっぱりちゃんと伝えて、家で在宅で看取ろう決めて。病院から家に連れてきて、家族と一緒に子供たちと一緒に最後の最後まで、自宅でね抱きしめながら息を引き取るっていうのを経験したんですよ。子供たち。

◆赤星くん:ちなみに今も言ってないですか?子供たちに余命何ヶ月だったよっていうのは。

♡カータン:今は言ってる。あのときそうだったって。今だから話せるし、あと今だから子供たちもどうもあの時どう思ってたとかやっぱね、あるかなっていう。本当に東日本大震災重なってたから、なんかやっぱいろんな複雑な思いをたくさんの方亡くなってくのを私達も見てた近所の人たちも沢山亡くなったし。だからすごく命っていうものに、向き合ってる時間がすごい長くてね。うちの息子もその後にね。今度は、自分が難病になっちゃったんですよ。今度、それでそれで入院するときに「お母さんごめんね」って今度は僕が死ぬ番だからごめんねと謝られたの。それ言われたとき私もなんかもういや死なない病気なんだけどなんかもう切なくなっちゃって。命っていうものが、死が近くになっちゃったっていうか、多分赤星くんとかもそうだと思うんだけど、なかなかね、死っていうのを間近で経験しないと、現実感ないっていうかね。

死と向き合う



◆赤星くん:そうですね。母が亡くなったのが小4のときなんですよね。本当に、あんまりその死と言うのを分かってない感じでしたね。明日、朝起きたらいるんじゃないかなぐらいの、本当にそんなわけないみたいな感じで思ってたんで、ていう感じですね。

♡カータン:わかる。何か今思い出したけど、うちの次男なんてそのときまだ年長さんとかだったから、仏壇で手を合わせるときに何か神社みたいな感じで「パンッパンッ」って手を合わせて「明日お父さんが帰ってきますように」ってやってたの。もうそれ思い出した。今。

◆赤星くん:それやばいっすね。

♡カータン:それ毎日やってた、うちの息子たち。そうだから、きっと赤星くんもそういう感じだったんじゃないかなって思った。明日帰ってくるんじゃないかなみたいな。

◆赤星くん:絶対そうっすね

♡カータン:ちょっと今日は、あの生死の死ぬっていうことのそうね。やっぱりそういうのをあると私も何か起業したきっかけが、やっぱり結婚したときに主人と2人で何か老後2人で何かこういうとこ旅行に行きたいね。とか将来子供たちが巣立った後に2人で手繋いでさなんか色々デートとかしたいね。とかって話してたんだよね。それが、叶わなくなっちゃったわけある日突然。あれ?なんか未来って絶対来るんじゃないんだ!ってことにそこで気付かされた。明日が来ないかもしれないっていうのを、なんか目の当たりにしたときに、今日はありがとうって伝えようとか、今日やりたいことをやろうって。いつかじゃなくてやりたいと思ったことは、今やった方がいいし、あと「ごめんね」とか「ありがとう」とかっていうのは絶対今日言わなきゃ駄目って。思うようになって。

◆赤星くん:ものすごい話聞いてます。今日ホント凄い!お話を聞いてます。

♡カータン:息子たちがどう思ってたのかな?みたいなのとかも何か赤星くんの話から私も感じれるから、でも今はどんな感じ?

◆赤星くん:今はもう、だいぶ前もう12年、10年前とかなんで。父が亡くなっても10年経ったんで、うん、本当に今は何とも思わないわけじゃないですけど。でも、そうですね中学2年生のときに父が亡くなったときは、結構泣きましたね本当に。

乗り越えられたきっかけ



♡カータン:それはでもご兄弟もいるし、おじいちゃんおばあちゃんがいてみんなでやっぱ支え合って、乗り越えたみたいな感じ?

◆赤星くん:そうですね。でも、男3人兄弟やったっていうのがちょっとあるかもしんないです。一人っ子だったら、多分もう終わってましたね。

♡カータン:そうだよね。やっぱり兄弟って大事だよね。

◆赤星くん:大事っすね。

♡カータン:今日はね、ちょっと深い話をしております。私達は命についての会です。今日はすごい。そういう経験をすると、やっぱり多分普通の同じ世代の人よりも多分、大人だと思うんだけど、どうその辺は?

◆赤星くん:そうですね。確かに。まず年齢で行ったら、母が36歳のときで、父が39歳のときなんです。ていうの考えたら、もう40歳まで2人とも生きてないんで。僕も今22歳なので、そう思ったら父と母の人生の半分越してるなって思うと、本当にさっき言ったように、今日言うことは今日言って、とかやりたいことは今すぐやってっていうのを、人生急ぐじゃないですけど。っていうのでこの歳で開業してるってのはあるかもしれないですね。

♡カータン:すごい確かに、それあるかも。私も命って思ったよりなんかね短いんだみたいな。もしかしたらさ、こっから100年生きるかもしれないけど、何かが発達して。でも、やっぱり今は、今しかないしね。なんかすごいやっぱ大事にしようって思うよね。
息子がちょっと手術するってなったときは、なかなか自分がね代わってあげられんだったら代わってあげたいなって思ったよね。

◆赤星くん:今もう今はもう治ったというか?

♡カータン:今は全然元気!一応ね、いろいろ見てはいかなきゃいけないけど。
親がね40歳来てないって本当ねちょっとね私ももう両親は私は元気だったのが去年私も母親が亡くなるっていう経験をね初めて自分がして、でもなんかねやっぱり旦那さんに私は主人が旦那さんを亡くしたのと、やっぱ親を亡くすってまた何かちょっと別な感覚をがあって、やっぱりね旦那さんってやっぱ自分とこうなんだろうセットじゃないけど、やっぱ自分の分身みたいなってる部分があったね。

◆赤星くん:そのときはメンタル的に大丈夫なんですか。

♡カータン:亡くなる直前までは、もうとにかく日々を生きるっていうところをやってて。家の中でお母さんは太陽みたいな、言い方ってあるじゃん。家の中では子供たちも、ちっちゃかったから、とにかく明るく笑顔で何事もなかったように生活してたのね。でもそれがつらすぎて、夜になると車に行って泣くって言うのを毎日してて。その1人でなったら泣くっていうのをその頃よくしていて。亡くなった後は、4月が命日なんだけど、いつの間にか桜咲いてるなとか、なんであの人たちは笑ってるんだろうとか、なんか本当に何か心にぽっかり穴が開くとかよく言うけど、本当にそうで。なんかもう、何だろう、何も「無」になった1回。

◆赤星くん:それすごいと思います。僕の父が亡くなったのは、確実にその母が亡くなったっていうのが、結構原因があって、うん、母が亡くなったときに、もうお父さんそっからだいぶお酒逃げたりして、ていうのでだんだん悪化して亡くなったんで。

人間が感じるストレスのMAX値とは?



♡カータン:なんだろうね、子供たちとをどうにかしなきゃいけないっていうのがね。まずやっぱりあったよね。そう。何もかも全部リセットしたかった1回、そのとき。もう全部、本当に何もなんでもいいやみたいに一瞬なったよね。やっぱりね、お葬式のときとかもさ、うちの息子が何かやっぱりお父さんみたいな立派な人間になりたいですってお葬式で皆さんの前で宣言したんだね。そういうのがあって、息子たちがそうやって頑張ろうとしてるのに私がね、なんかそんな投げ出すわけにいかないなっていうね。その後にストレス、人間が感じるストレスのマックス値っていうのが何かそういう数字出てるのを、何か知って、そのマックスって愛する伴侶なくなったことなんですって。人生のストレス、一番強いんだって。だから、お父さんそうだったんだと思うんだよね。人が感じるストレスの数値化したときのマックスがそれなんだって。

◆赤星くん:そうなんすね。

♡カータン:聞いて私も後で。

◆赤星くん:それを乗り越えたカーターさんは、もう。

♡カータン:そこがポイントがあって、その愛する伴侶というのがポイントなんだって、何かほら、結婚しててもね不仲な人とかいるじゃん。

◆赤星くん:そうですね、はい。

♡カータン:そこがポイントだって言ってて、私もだからそれが乗り越えたんだなっていうその話聞いて思ったけど。でもね、いっぱい辛い経験してる人も、そのとき私の東日本大震災で沢山いたからなんですよね。そう何か自分のことばっかりも考えてられなかったしね。なんかあのときって本当残された人は生きなきゃみたいなのもあったしね。震災で亡くなった人たちの。 
だからね、クラウドファンディングでもすごい赤星くん頑張ってるから。私もなんかも頑張ろうってやっぱすごい思うし。見習わなきゃと思ってて。


最終章へ続く…


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