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手術後が成功しても人が変わってしまう!?~せん妄を理解し温かみへ~

 今回はせん妄について解説していこうと思います。
みなさん「せん妄」という言葉をご存知でしょうか。一般の方は聞きなれない方がほとんどでしょう。医療従事者であれば一度は聞いたことがあるかと思います。「せん妄」は「認知症」と誤解されることも多く判別しにくい病態です。しかし、発症してから早期に適切な処置や対応をとらないと2次障害に陥り、生命予後に関わることもあります。
 ご自身の家族が病院から退院して「以前と何か違う」「変わってしまった」と感じている方は解説の中から少しでも改善の糸口に繋がってくれればと思います。
 普段から見慣れている医療従事者の方は「自分はわかる」「適切な対応をとっている」と過信せずに改めて病態を理解してもらい患者様との関わりに繋げてもらえたらと思います。

せん妄とは?

 さっそく「せん妄」とは何か説明していきます。
「せん妄」はWHO(世界保健機構)が定めるICD-10分類において器質性精神障害に含まれ、何らかの内科疾患や脳神経疾患の影響によって一定の精神症状を呈する場合に診断されます。
 又、DMS-5の診断基準に基づき身体的要因や薬剤要因によって急性に出現する意識・注意・知覚の障害であり、その症状は変動性があるとされています。

WHO(世界保健機構)が定めるICD-10分類
① 意識と注意の障害
(意識は混濁から昏睡まで連続性があり、注意を方向づけ、集中し、維持し、そして転 導する能力が減弱している)。
② 認知の全体的な障害
(認知のゆがみ、視覚的なものが最も多い錯覚および幻覚、一過性の妄想を伴うこと も伴わないこともあるが、抽象的な思考と理解の障害で、典型的にはある程度の思考散乱を認める。
 即時記憶および短期記憶の障害を伴うが、長期記憶は比較的保たれている。時間に関する失見当識、ならびに 重症例では場所と人物に関する失見当識を示す)。
③ 精神運動性障害
(寡動あるいは多動と一方から他方へと予測不能な変化、反応時間延長、発語の増加ある いは減少、驚愕反応の増大)
④ 睡眠-覚醒周期の障害
(不眠、あるいは重症例では全睡眠の喪失あるいは睡眠-覚醒周期の逆転、昼間の眠気、症状の夜間増悪、覚醒後も幻覚として続くような睡眠を妨げる夢または悪夢)。
⑤ 感情障害
たとえば抑うつ、不安あるいは恐怖、焦燥、多幸、無感情あるいは困惑。 発症は通常急激で、 経過は1日のうちでも動揺し、全経過は6ヵ月以内である。
 上記の臨床像は特徴的であるから、基礎にあ る疾患が明確でなくても、かなりの確信をもってせん妄の診断をくだすことができる。
 診断が疑わしいと きには基礎にある脳あるいは身体疾患の既往に加え、脳機能不全を示す証拠(たとえば、必ずとは言えな いが通常、背景活動の徐波化を示す異常脳波)が要求されるかもしれない。
 確定診断のためには、以下のいずれの症状も軽重にかかわらず存在しなければならない

日本サイコオンコロジー学会,日本がんサポーティブケア学会,”がん患者におけるせん妄ガイドライン”2022年版第2版

DSM-5(精神障害の診断・統計マニュアル第5版)
A) 注意の障害(すなわち、注意の方向づけ、集中、維持、転換する能力の低下)および意 識の障害(環境に対する見当識の低下)
B) その障害は短期間のうちに出現し(通常数時間~数日)、もととなる注意および意識水 準からの変化を示し、さらに1日の経過中で重症度が変化する傾向がある。
C) さらに認知の障害を伴う(例:記憶欠損、失見当識、言語、視空間認知、知覚)
D) 基準AおよびCに示す障害は、他の既存の確定した、または進行中の神経認知障害では うまく説明されないし、昏睡のような覚醒水準の著しい低下という状況下で起こるもの ではない。
E) 病歴、身体診察、臨床検査所見から、その障害が他の医学的疾患、物質中毒または離脱 (すなわち乱用薬物や医療品によるもの)、または毒物への曝露、または複数の病因に よる直接的な生理学的結果により引き起こされたという証拠がある。
 すべてを満たすとせん妄とされる

日本サイコオンコロジー学会,日本がんサポーティブケア学会,”がん患者におけるせん妄ガイドライン”2022年版第2版

 つまり、意識障害を起点に精神的、認知的、感情的な波が一時的に起こる病態です。それにより様々な問題行動や発言がみられるため、周囲の人を困惑させることが多いです。又、症状も高揚的な場合と抑うつ的な場合とその両方が混在している場合とタイプが存在します。

活動性水準サブタイプ
過活動型 ①運動活動性の量的↑ ②活動性の制御× ③不穏 ④徘徊etc..
低活動型 ①活動量↓ ②行動速度↓ ③状況認識↓ ④会話量↓ ⑤会話速度↓
     ⑥無気力 ⑦覚醒↓/引きこもりetc...
混合型 ①過活動型ならびに低活動 型の両方の症状がある

日本サイコオンコロジー学会,日本がんサポーティブケア学会,”がん患者におけるせん妄ガイドライン”2022年版第2版

発症原因

 発症する原因は明確には解明されていませんが、脳卒中や脳腫瘍などの脳に直接的な影響を与える因子と、疼痛や不快感、拘束されるような不動感などの身体症状、断眠や入眠障害などの睡眠障害により脳へのストレスによる促進される因子、以前にせん妄を発症した経験があることや高齢で様々な病気をした経験がある方などの元々ある素因である準備因子があると言われています。

発症のメカニズム

 発症のメカニズムは諸説では全身の炎症による脳神経ネットワークの破綻であると言われています。脳の血管内を炎症により発生した不純物が脳神経の伝達物質を阻害することで意識障害ともに様々な症状を併発すると言われています。
 これは仮説段階のため明確になっているわけではありませんが、脳の神経物質としてドパミンやセロトニン、アセチルコリンなど自律神経に大きく関わる部分が阻害されれば抑うつになることや感情的になることも納得が出来るかと思います。

せん妄当事者の主観的視点

 ここまでせん妄の病態を説明してきました。
それでは実際にせん妄になるとどんなことを考えるのか、どんな気持ちになるのか解説していきたいと思います。

主観的認知

  • 霞がった意識状態から突発的に我に返る瞬間もあり夢と現実の 区別がつかう混乱していた気がした。

  • 現実が急激に変化したことを認知しておりせん妄状態の時には、 この状況は現実なのかそれとも非現実なのか、自分がいるのは 病院か、あるいは別のどこかなのか、今は現在なのか過去なの かといった相反する時間や空間の狭間にいた。

  • せん妄を発症した認知症患者ではせん妄の体験を部分的に記憶しており、突然に現実がわからなくなったと認識している。

 せん妄の発症した際の周囲に対する認知としては現実と非現実が混在していて自分自身と周囲の関係性が曖昧な状態であるため、まさに意識障害の症状として一致しているのではないでしょうか。

主観的感情

  • 罠にはめられた、見捨てられた。

  • 他者との繋がりを感じず孤独を感じ、身体と精神が分離されたようにも感じた

  • 危険な目に合うような切羽詰まる感覚と恐怖心が感じ、恐怖をもたらした内容は妄想的であった

  • 怒り、恐怖、不安といった強い情動が生じていた。その時、周囲の声は聞こえ るが理解できない、話しはできるが集中して聞けない、といったコミュニケー ションの困難さを感じた。

  • 身体的に縛られている感覚、制限されている感覚、落ちる感覚、眠気を知覚し ている状況の中で、不安、恐怖、怒り、脅威、羞恥心といった異なる感情を複 数体験していた。

 意識がはっきりしていない中で起こる周囲の変化は恐ろしいものだと思います。みなさんも想像してみてください。目が覚めたら両手、両足を固定され身動きがとれず周りには人がいない状況だったらどう感じますかね。

主観的行動

  • 何もしたくないような無気力な状態で過ごしている

  • ベッド上でそわそわして落ち着かずイライラしている

  • 点滴ルート抜去や呼吸器具を外してベッドから降りようとする

  • 病棟を1人で歩き始め徘徊し離院や離棟しようとする

  • スタッフのケアに対して非協力的態度をとる

  • 制止するスタッフに暴言や暴力をふるう。

  • 突然、大声を出して叫び出す。

  • 身体抑制をすり抜けて服を脱いでいる。

  • 認知 他者との関係や自己統一性を喪失

 意識がはっきりしていない中、不安感や恐怖心を煽られたら普通は逃避行動に走るのが目に見えています。

 さて、このようなせん妄によって認知や感情が歪んでしまい結果的に問題行動をとっている患者様をどうすればよいのでしょうか。
患者様の行動を無理やり止めますか?怒鳴り起こりますか?
 違いますよね。患者様自身が混乱しているのに、行動を否定されれば興奮や不安はさらに助長されます。
 可能な限り寄り添い事情を聴き、対応できることや協力できることを考え提案することが重要とされます。

対応の仕方(例)
【ここ会社だろ?仕事しな きゃいけないんだよ (廊下を徘徊する)】
〇➡会社にいる気がするんですね。ここは 病院なので不思議ですね
✖➡お仕事続けていてくださいね
【あそこに何か見えなかった?白いもやみたいなの?】
〇➡変なものが見えたりすると、不安になりますよね。
  でもよくあることで、精神異常や認知症ではないですよ
✖➡そんなところに何もありません!
【なんだよ!これ!邪魔だ な!(ルートをみて)】
〇➡管が気になりますよね。邪魔でごめんなさいね
(さりげなく目につかないように工夫する)
✖➡この管は大事なので、触っちゃダメですよ!!
  さっきも言いましたよね、覚えてませんか?
【まだ夜でしょ? ここはどこなの? 】
〇➡今は何日、何時ですよ。○○病院の5階病棟ですね。
✖➡はいはい夜ですよ(夜と勘違いしてるのに)
【ちょっと何するの!? (腕を払い抵抗する)】
〇➡これから、ガーゼ交換しますね
✖➡動かないで!!

神鋼記念病院緩和緩和治療科/せん妄対策チーム.入院せん妄ガイド診断・薬の使い方・ケアのポイント.2023年.第2版

 このようなすごく誠実で丁寧な説明や対応は多忙な時は難しいかと思います。しかし、一言でも二言でも礼節、誠実さをこめて対応することが患者様の安心につながることは間違いありません。多忙なの中でも本来のホスピタリティを思い出して欲しいと思います。

せん妄と認知症って何が違うの?

 せん妄の症状を聞くと一番に認知症を浮かべる人も少なくないと思います。症状は類似していますが、明らかに異なる点があるためそこを押さえておけば鑑別しやすくなると思います。

認知症とは?

ICD-10分類
➀以下の各項目を示す証拠が存在する
A:記憶力低下(新しい事象に関する著しい記憶力の減退)
B:認知能力の低下(判断と思考に関する能力の低下や情報処理全般の悪化であり、従来の遂行能 力水準からの低下を確認する)
上記A、Bにより日常生活動作や遂行能力に支障をきたす
➁周囲に対する認識(意識が混濁していない)が➀の症状をはっきり照明するのに十分な期間、保たれていること、
せん妄のエピソードが重なっている場合には認知症は保留
➂次の1項目以上を認める
・情緒異変性 ・易刺激性 ・無感情 ・社会的行動の粗雑化 基準➀の症状が明らかに6ヶ月以上存在していて確定診断される
DMS-5
A:1つ以上の認知領域(複雑性注意、遂行機能、学習および記憶、言語、知覚ー運 動、社会的認知)において、以前の行為水準から有意な認知の低下があるという証 拠が以下に基づいている
➀本人、本人をよく知る情報提供者、又は臨床家による、有意な認知機能の低下が あったという懸念、
➁標準化された神経心理学的検査によってそれがなければ他の定量化された臨床的評価によって記録された実質的な認知行為の障害
B:毎日の活動において、認知欠損が自立を阻害する
(すなわち、最低限、請求書 を支払う、内服管理するなどの複雑な手段的な日常生活動作に援助を必要とする)
C:その認知欠損はせん妄の状況でのみ起こるものではない
D:その認知欠損は他の精神疾患によってうまく説明されない
  (例、うつ、統合失 調症) D

日本神経学会.認知症疾患診療ガイドライン.2017年第1版

 ICD-10とDMS-5の内容からポイントはせん妄は短期的、認知症は持続的であることです。認知症の場合は一定の症状が6ヶ月以上続いていると診断されるため、せん妄のように受傷後や手術後から急激に発症するものではありません。かつ、せん妄は症状が消失しますが認知症はほぼ永続的に続きます。そのため、普段の日常会話や生活状況においてよく観察し変化を見つけることで鑑別できると思います。

まとめ

 せん妄は意識障害による認知や感情が歪み、それが問題行動に陥ることが少なくないです。そのため、患者様の主体感をイメージして寄り添い、丁寧に対応することがせん妄に対する治療に繋がります。
 認知症と類似している点も多いですが、その症状が短期的や永続的か、変動的な普遍的かを観察し見極めることで鑑別はしやすいでしょう。

以上で解説を終了とします。

 私は流山市で病院勤務している作業療法士です。主に脳血管障害、頚髄症、腱板断裂、手の外など幅広く患者様を評価、治療してきました。
 その際に、学んだノウハウや経験を今後も発信していきますのでよろしくお願い致します。

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