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ほんのしょうかい:二見遼『Lolita』〈『思想の科学研究会 年報 Ars Longa Vita Brevis』より〉

二見遼『Lolita』(七月堂)


 この二見遼、第一詩集『Lolita』は、七月堂から出されているインカレポエトリ叢書の一冊である。ちいさな巡り合わせで、この一冊を手にしたが、若き詩人の一冊は不思議な思いを掻き立てていく。二見遼は、スポットライトが当たる前の暗がりの中で、言葉で舞台を形づくる。柱を立て、背景を描き、絨毯を敷く。そして、ライトで照らす。その舞台の上で、凛として立つ彼女は、気高く一人芝居のように詠唱する。震える言葉は、舞台装置と響き合い、霊魂の水流を掻き立てては、泡沫と共に静寂を呼びだす。けれども、彼女の詩は、構築する舞台の言葉と、叫びあげる言葉が、噛み合わない箇所がある。そして、言葉の筋肉(マッスル)とでもいうべき、リズムとテンポへの彼女の独特な感性が、かろうじてそれを制御している。うねるように立ち上がるその不整合性、外に映し出された望みと内から溢れる感情の葛藤、そこにこそ、その断層にこそ、僕等が詩の舞台に心を寄せるときの余白を見る。 はるか昔、自分も詩を書くことに惹かれた頃があった。その頃、田舎で、まねごとのように詩を書くことは、まるで、懐中電灯ひとつで夜道をあゆむようなものであった。詩とは何か、詩をどのように読んだらいいのか、そして詩をどのように書いたらいいのか。そのように自問自答していたが、今、考えてみれば無駄なことだったかもしれない。むしろ、臆することなく書くべきだったのだ。気がつけば、詩を書く前に、その評価を前にしてたじろいでいたのである。「インカレポエトリ」というのは、大学で詩の授業を受講している学生たちに発表の場を提供しようとして、2019年に設立された試みである。これは、大学を超えて繋がりをもち、創作や朗読の催しをしているようである。そして、七月堂から参加した学生たちによる詩集を刊行し、選抜したメンバーの叢書(そうしょ)を順次出版している。臆さずに詩を語ること、そんな場所が組み立てられていることを評価したいと思う。(襾漫)


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