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【画廊探訪 No.156】風景は静かな静かな音をたてて――佐藤希展「山は深く、眠り」“ギャラリー・ナユタ”に寄せて――

風景は静かな静かな音をたてて
――佐藤希展「山は深く、眠り」“ギャラリー・ナユタ”に寄せて――

襾漫敏彦

 ものは、川に運ばれて、ゆったりと流されてゆく。水底に沈みゆくものもあれば、水面に浮かぶ泡沫(うたかた)のように消えては現れるものもある。そして、状況に応じて揺さぶられる感情のように、水の流れに翻弄されてしまうものもある。
 水底の土から、生きるものの姿、そして、水面に浮かぶ木ぎれ。ひとつひとつの彩どりを抱え込んで、岸辺は浮かびあがる。


 佐藤希氏は、静寂たる風景をモチーフとする日本画家である。彼女は、水干絵具で麻紙に下地を塗り、そこに油彩で形を表し、さらにアクリルや色鉛筆で、情感を浮かべていく。それはピグメントを包み込む粒子に残された具材の身体性の声に、耳を傾ける画法でもあり、美術表現の領域分化以前の眠っていた表現の始原の色との交わりの記憶に回帰する行為であるのかもしれない。



 沈黙のなかでも、感情は動く。情動に流されても、平穏を求めてもいる。ひとの魂は、ひとつであっても、感情と肉体は、水面のように様々な姿態の輝きを見せるのである。佐藤は、抑制のかかる岩絵具の上に立っても、その静寂では拾い尽くせない肉体の情動を、油脂に包まれた具材で、沈黙の世界に加えていく。そして、鉱物のように固められたピグメントの残渣を、アクリルや色鉛筆で、浮き沈みする木切れのように、そっと流していく。

 過去より運ばれたものは、ここに情景を作り、未来へと形をもたらす。情景は、それは今の“わたし”でもある。怯えながら語りもする、怒りながら黙りもする。魂の山塊から毀ち落ちた感情は、流され、沈み、浮かびながら、今の“わたし”の姿として、立ち見鏡のような画布の上に写り浮かぶのであろう。

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佐藤希さんのオフィシャルサイトです。

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