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【画廊探訪 No.149】 これからへの夢は私の体の中から、―――岡田育美作品に寄せて―――

これからへの夢は私の体の中から、
―――日本橋三越美術画廊『HANGA』岡田育美出展作品に寄せて―――

襾漫敏彦
 
 絵は回想である。記憶の中の情景は、流れる時の中での変わらぬ姿である。そして、これからは、これまでとの間で、たゆたうように揺れている。それは、行くか、戻るか、決断しかねるわたしの心の姿なのかもしれない。



 
 岡田育美氏は木版画家である。彼女は、油性と水性のインクを組みあわせて作品をつくる。油絵の下絵のように、油性のインクをプレス機を使って紙に刷り、それから、水性のインクを馬楝を使って手で圧を加えながら刷り込んでいく。
 薄めてかけられた油性のインクは、あたかも彫り込んだかのように版木の木目を紙の上に浮き上がらせていく。その上に刷り重ねられる水性のインクは、形を加えるように色として降り積もっていく。




 

 印刷、特に版画は、想像する以上に多くの作業の重ねあわせである。学校の美術で教わるような木版と違い、多色刷りは、色毎に刷っては乾かし、また重ねる工程を含んでいる。配色、密度、圧、それぞれがプレス毎に選択されては重ねられる。
 それは前提をもとにして組み立てられる論理(ロゴス)や目的に向かって選択される計画、プロットに沿って言葉を選ぶ詩や文学にも類似している。版画は、着想や理念だけでなく、人の体を通して得られた技術を含んで成立しているのだ。
 
 粉糖をふりかけるように軽い密度で、顔料を重ねていく岡田の作品には、様々な所で、はばが生じる。油性インクの木目、水性手刷りの風合い、手数の濃淡、それは時の流れと空間のゆとりの風情を感じさせる。このはばの中で、僕等は、揺らぐことができるのだ。
 時の中で育まれた木目が、遠くから響く鐘の音のように聞こえる世界の中で、岡田は馬楝に加えるひとつひとつの加減の中に、選択という方向転換を重ねていく。それは、ささやかでも、過去から未来への踏み出すための現在の希望である。絵は希望である。




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