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【画廊探訪 No.178】暗がりの中に伝燈の灯を埋めて――12人のアーティストによるはがきサイズの作品展 伊藤加織出品作品に寄せて――

暗がりの中に伝燈の灯を埋めて
――12人のアーティストによるはがきサイズの作品展(Gallery Face to Face企画)
伊藤加織出品作品に寄せて――

襾漫敏彦

 白銀の朔日の宵の暗がりの中で、僕等は、わずかなあかりをたよりに何かを知る。そこに現れたものは、形なのか、意味(イデア)なのか。とはいえ、存在は、いまとここに結ぶ実存である。そのとき、その場所の姿は、ゆれるように、うつろい、震えては、変容していく。たゆたうように、いまとここで動いている。


 伊藤加織氏は、銅版、メゾチントの作家である。伊藤は、一段、一段と時をかけて石段を登るように銅版に目立てを行う。
 メゾチントは、ぼんやりとした暗がりの中に浮かびあがる形態をあらわす。けれども、伊藤はそこに、形に交わる動きを表現していく。ひと踏みひと踏み機(はた)を織るように立てていく目立ては積んでは重ねられる自分そのままでもあり過ぎ去っていくこれまでのことのようでもある。





 朝が明ける前の薄明かりの中、降り積もった雪の稜線に浮かびあがる未生の光は、今日の希望かもしれないし、明日の絶望かもしれない。けれども、その灯(ともしび)は、長いときをかけて打ち寄せた過去をレフ板として、いまこのときの微かな光が集まって浮かびあがったものである。
 未明の雪灯りが未来に向けて打ち出されては重ねられて編み込まれていく布、それが、いま、そして、ここにあるわたしなのであろう。

 形は、肉体は、精神は、ただひとつのものとして、そこにあるように見える。けれども、それは、いつでも、外と、何かと、誰かと、交わり、響きあい、奪われ与えられて、膜のような境界を形成しては、毀ち、組み直す。
 形はこわれては、伝えられていく。今の作業が過去になるとき、明日の今が生まれる。美術は、物質に精神を固着させるものである。けれども、形と形のその隙間に未形の実在の痕跡が存在する。雪原の中に無数の足跡があったことを知る伊藤は、時を振るように目立ての中に変容を語ろうとするのだろう。



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