〈画廊に行くようになって気がついたこと〉まとめ、16−20
第16回
前回、若者にアプローチできる、話しかけて嫌がられないところと考え、画廊、個展という場所にいくことを始めたという話をしました。
「思想の科学」というムーブメントが、若者文化、サブカルチャーに注目していたという流れでもありました。
それ以外に、こういうこともできるかなと思いついたことがありました。
雑誌『思想の科学』と伴走するように存在した「思想の科学研究会」は、70年以上の歴史をもっていますが、研究会員は、関東周辺には集まっているものの全国に散らばっています。
そのひと達と具体的につながる方法がないか考えていました。
そこで、アーティスト達のことが思い浮かんだのです。
アーティストは、個展や展覧会で、割と地元を離れていろんな場所に行きます。アーティストを媒介として、遠くのひとと繋がりを持てないかと考えたのです。
私と話した体験を、遠くの誰か、仲間に伝えてくれる可能性があると。
僕が、アーティストとの出会いの影響をなんらかの形で、新しく出会った人に伝えるように、アーティスト達も私と出会った影響を誰かに伝えることができる。
誰から誰にというわけではないのですが、そういうことも考えてワクワクしました。
第17回
アーティストを媒介として私を伝える。逆に、私を媒介として、作家を伝えていく。大きくコミュニケーションの視点から考えたとき、美術の活動は、本質的にそういうものかもしれません。
いつものように、画廊を訪ねて作家と話をしていたとき、フッと思いついて、知り合いの詩集を渡したことがあります。
作家は、手にして中をみて、「これ、いい」と言い始めました。
私は何の気なしに見せたのですが、喜んでもらえるならと、それを差し上げました。それから、友達と共に何度も読んだり、折につけ開いているようです。
偶然の出来事なんですが、作品を観て、どこか通じるものがあるように感じたからなんでしょう。
媒介として繋ぐ一本の糸をきっかけとして、気がつくと何本もの紐が繋がっていく。
思い返すと、必然だったかもしれません
第18回
画廊を訪ねて感想を評論に起こすことを始めてかなりの年月が経ちました。
なかなかフォローは大変なのですが、可能な限りは、その後の展示には行くようにしています。
数年も経てば、駆け出しの新人だったひとも練度が増してきますし、力のある表現をされた方も、徐々に社会、広い意味での市場に受け入れられるようになります。
それは、一般に受け入れられることであると同時に、新しさを失うことでもあります。そこで、同じことを続けていくのか、新しいものに踏み出すのか、そこを問われながら表現を続けていくことは、残酷なくらい大変なことでしょう。
第19回
前回、同じことを続けていくのか、新しいものへと踏み出すのか、というようなことを書きました。
作品の創造は、美術作品でなくても、その分野の伝統文化を受け継ぎながら工夫を加えているものです。オリジナリティは求められているのですが、ほとんどが、もともと何処かにあるものの写しでもあります。
何度か触れましたが、完全に見たこともないものであれば、それは、驚きを超えて恐怖にしかならないものです。
いわば、九分九厘パクリとでもいうべきものかもしれません。でも、意図して、もしくは意図でなくても、その一厘が驚きを生み、新しい創造力を掻き立てたりもするものです。
誰かの表現が、多くの人に何かを気づかせる、誰かが一歩を踏み出したからこそ、そこから新しい道の分岐が始まる。
そこには、商品としての価値以上に、人の可能性としての輝きがあります。だから画廊に行くともいえます。
第20回
古い表現を足場にしながら新しい表現が生み出されること、それが、驚きを持って受け止められるときは、オリジナリティがあると言われます。
新しい表現は、多くの人に気づきを、新しい発想を与えてくれま。膨らんだ風船が破れるように、これまで表現されてなかった何かが、ようやく生まれてくるそんな感じでしょう。
これは美術だけでなく、もちろん、さまざまな分野でも起こっていることです。昔、よく使われたいいかたでは、イノベーションが起こったということです。
音楽の世界で、新しいアーティストが出てくると、みんなが熱狂するようなものです。
これまでなかったものが、現れる・・・そのことによって、みんなが見えている世界が変わっていきます。
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