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あの選択をしたから | 最後に信じられるのは・・

今日のnoteは、澤サロンnoteもくもく会8月のテーマ、そしてマイナビ × note ハッシュタグ企画「 #あの選択をしたから 」というテーマで書いていきます。

言わずもがな人生は選択の連続です。

住む場所、する仕事、付き合う人、趣味に暇つぶし。全ては選択からできているのは嘘偽りない事実でしょう。私たちの体も元を辿ればDNAから出来ているのと同じように、その人が過去にとってきた行動が、その人の性格を作り、生活を作り、そして人生を作っているんですよね。

私自身、noteでこれまで発信してきたように、特に仕事においては多くのちょっとした行動・・・・・・・・を繰り返してきたことで、なんの取り柄もない自分から少しずつ脱皮していけたような感覚を持っています。たくさん行動した分失敗も多かったですが、相対的に成功の数も多かったように思います。

イチローがかつて毎年200本安打を続けてきたように、私の打率も2割代、いえいえ1割代だったのかもしれませんが、一番バッターとして誰よりもバッターボックスに立ち続けたことで、結果としてヒットの数を増やしてこれたのだろうって思うんです。

今日のnoteでは、そんな私のこれまでの人生の選択におけるあるエピソードを切り抜き、自分らしい選択のあり方について振り返ってみたいと思います。

プライベートにおけるある・・選択

同棲する、結婚する、子供をつくる、そして家を買う。

これらは多くの人たちが経験してきていることなのかもしれません。私もごたぶんに漏れず、これらの選択をしてきました。ただ、どれにおいても私は、こだわり・・・・を持って選択を行ってきたように思うんです。

1つ印象的だった経験をお話いたします。それは人生で初めて自宅(マンション)を購入した時の話です。

私は東京に移り住んで以来ずっと、都心からは少し離れた郊外に住み続けているのですが、子供が小学校に上がるタイミングで自宅を購入したいと考えていました。賃貸もいいけど、やっぱり人生一度はマイホームを持ってみたい!子供も小学校に上がるわけだし、長期定住を見据えて行動するのもそろそろアリかな?と。

とはいえ、言わずもがな東京はとにかく物件が高い。都心の駅前なんて目が飛び出るほどします。「手狭でもより都心を選ぶべきか?」「それとも、今までよりさらに都心からは離れるが、ある程度の広さが確保できるエリアを選択すべきか?」非常に悩ましい問題でした。

私は比較的駅前のエリアに住んでいたので、駅からの距離と勤務先までの通勤時間が気になっていました。高いが都心を選ぶメリットは大きい、だけど先立つもの・・・・・も必要。

「そもそも自分はどんな生活を送りたいのか?」そんなことを考えていた中で出会ったのが、今住んでいるマンションだったんです。

都心からは従来より少し離れるが充実していそうな住環境、周囲にある自然や公園、新しい街の雰囲気や匂い、そして何より駅からの近さ!初めて街を訪れた時から「この地域、悪くないかもな」ってうっすらと思っていたんですよね。

でも運命は皮肉なもので、そんな気に入った住宅を買えるか、買えないかの選択を迫られる大きな出来事が起こりました。それは、部屋の抽選。

我が家は第一期の販売で抽選に応募したのですが、希望を出していた部屋の抽選に落ちちゃったんですよね。。。眺望の良い素敵なお部屋・・

倍率は2倍だったので、たぶんいけるだろうくらいに思っていたのですが、見事に肩透かしを喰らいました。まるでサッカー日本代表がPKを外した時のように、抽選結果が出た瞬間、私は天を仰ぎ見たのを覚えています。担当してくださっていた不動産会社の営業マンの方も私の落ち込みぶりを見て、とても言葉に詰まられていました。

「こういう運命だったんだな・・」
「そうか、また一から考え直すのか・・」

目の前で起きた悲劇を一つひとつ受け入れ、納得しようとしていた私がそこにはいました。

ただ幸運だったのは、たまたま一部の販売住戸に空きが出ていたことです。当初予定していた部屋とは全く異なる間取り、そして階数も大きく異なりました。

当初妻は乗り気ではありませんでした。「一回帰ってから考えよう」そう言ってマンションギャラリーをあとにしたんですね。

「空き住戸は狙っている人もいるので、購入する場合は早めに連絡ください。」そう営業マンの方からは言われていました。この状況だと、明後日にはもう買えないかもしれない。焦りを感じつつも、間取り図とにらめっこ。そんなことをしていたら疲れていつの間にやらベッドで寝てしまっていたんです。

でもふと夜中に目が覚め、私は即座に決めました。

「よし、買おう!」

間取りもよくよく見ればそんなに悪くない。むしろ家具の大きさや配置さえ工夫すれば、広く使えるスペースは案外多いかもしれない。眺望も妥協できるレベルかもしれない。そんな妄想をもとに、私は落選の翌朝、マンションギャラリーに電話を入れました。

「私、買います。」

そうして住み始めたのが、今のマンションです。

マンションの購入自体は2019年の出来事でしたが、結果としてその後にコロナ禍があり、在宅勤務が進んだ中で、この選択は驚異的に力を発揮してくれました。在宅勤務でもなんら困らない家の広さ、スーパーへのアクセスの良さ、ランニングやスポーツが楽しくできる近隣の公園や公共施設、どこかのどかな街並み。

今となっては、あの時の落選が、そしてその後の熟考と直感的な判断が、今の生活を私にもたらしてくれたんだなぁと思っています。

一度住んでみて、もしダメだったら売ればいいくらいに考えられていたのも、ある意味良かったのかもしれません。

最後に信じられるのは自分・・ということ

このエピソードでもそうですが、これまでの多くの選択の中で、何が一番大切だったか?と考えると、それは自分自身が自らの信念で、必要な時には即座に、最終決断を行なってこれたことだと感じています。

家にしても、転職にしても、結婚にしても、自分の未来を思い描いた際に、「この場所だ!」「今しかない!」ってどことなく思えた場合、私は自分の意思に逆らうことなく、また誰にもほとんど相談することなく、周囲から見ればある意味大胆に決断を行なってきたように思います。

私の周りの人からすれば、いつもヒヤヒヤさせられる、そんな存在だったかもしれません。

「仕事を辞めて、海外留学に行きます」
退職転職します」
「今ここでプロポーズします」

時にドキッとするようなことを言っては周囲の人を驚かせてきたんですね。ものによっては大反対をされたりもしました。

でも結果として、「あの時の判断は、あれで良かったね!」って今では言ってもらえるようにもなりました。

何か行動を起こす、特に唐突に起こすということは、周囲から白い目で見られることも時にあります。

「世の中そんなに甘くないよ」
「無責任だね」
「焦って決めてもいいことないよ」

そんなことを言われたりもしました。

でも、自分の心に夢を描けるだけの未来がひょっこり見えているのなら、自分を信じて飛び込むことを選択できる人でありたいと私は思っています。

だって、人生は誰にだって一度しかないのですから。

私はこれからも自身の感覚と未来を妄想する力を原動力に、私らしい選択を行なっていこうと思います。

今日も最後までお読みいただき、ありがとうございました!

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