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J-WAVE GROOVE LINE最終回を聴いて、私が感じたこと

最初に一言。いやー本当にショックでした!!
今年年初以来最大のショックだったかもしれません。

ぶっちゃけます。ショックすぎて仕事が手につかなくなリましたw
心にぽっかりと穴が開くっていう表現ありますよね?
まさにこれ、そんな感じなのかもって思いました。

なんなんでしょうか、この感情は。。。いや、ほんと寂しいなって感じたんですよね。

とはいえ私、この事実つい先日まで全然知らなかったんですよ。たまたまFacebookを見ていたら流れてきたんです、この記事が。

うわぁ懐かしい!秀島史香じゃん!って思い、記事を読んでみると、「最終回」って書いてあるじゃないですか!

えぇ〜〜〜〜!!!ってなったわけです。

いやほんと20代の頃、移動中の営業車の中でよく聞いていたんですよ、この番組を。

もう20年近く前のことなんですが、あの仕事が辛かった時代の私を支えてくれていたものの1つが、何を隠そう、そうこのラジオ番組だったのです。

24年という実に長きに渡り放送されてきたこの番組。先月末で多くの方に惜しまれながらも放送終了となりました。また1つの時代が終わったんだなってしみじみ感じたんですよね。

そんなわけで、今日のnoteは、若かりし頃の私を支えてくれた、このJ-WAVE GROOVE LINEという番組に関し、最終回を聞いて感じたこと、気づいたことなどを徒然と書いてみたいと思います。


GROOVE LINEってどんな番組?

一言で言うと、まったくもって、人生のためにならない・・・・番組です。(昔のロンドンハーツみたいな感じでしょうか?)

ナビゲーターのピストン西沢さんがアップしている最終回のダイジェストYouTubeを見ていただくとイメージが掴めると思うのですが、くっそくだらないことを公共の電波を使ってやっちゃおう!と言うのが基本的なコンセプトなのです。(ちなみに、最終回のテーマはリスナーに電話して「サル・ゴリラ・チンパンジー」を歌ってもらおう!という企画。)

はい、実にくだらない番組のなのですw
おしゃれなイメージのあるJ-WAVEにおいて、完全に異色の番組でした。

でもね、この"くっそくだらなさ"が、夕方の疲れた営業マンの心を元気にしてくれていたんですよ。

私がこの番組をよく聞いていた2004年〜2008年頃は、月曜から金曜、夕方4時~8時で放送されていました。ほんとこの番組があったから、辛い仕事も乗り越えられたように思います。

無惹起な子供のようなピストンさんと、それに乗っかる(いや、乗らされる)秀島さんといういつもの構造。2人のクロストークが、たまらなく好きだったんですよね。

当時番組は、渋谷センター街にあったHMV(その後Forever 21、現在はIKEA)で公開生放送されていたんですが、私、2人を直接見たい!そして番組のステッカーも欲しい!!と思って、仕事帰りに見に行ったこともあったほど当時、超ハマってたんです。

この番組の名物は、なんと言ってもピストンさんによる DJ(ミックスマシーン)。普通DJといえば、センスある歌謡曲とサウンドを掛け合わせて、クラブで踊れるような音楽を作り出すことだと思うんですが、この番組でのDJミックスは独特

 アンパンマンのマーチ、きみまろトランス、といったアニメ、漫談など、普通はミックスしない曲を使ってDJミックスが作り出さていたんですよね。そして、これがまた笑えたんです。

私、これに影響されて、ユリオカ超特Qのハゲラップとか、イノキンの並くださいとか買いましたもん!w


ムダがないと人生つまらないんです

最終回でピストンさんが冗談混じりに言った言葉です。

私がいうのもなんですが、確かにムダなことだらけだったなって思うんです、この番組。でもすごくこの言葉が刺さった。

ムダがあるから人生は面白くなる

いや、ムダ(無意味)だからこそ、そこに何かしらの意義があったんじゃないだろうか?って思うんです。

20代の頃、私は本当につまらない日々を過ごしていました。

平日は夜遅くまで仕事をし、休みの日はほぼ1人で黙々と淡々と過ごす。そんな毎日でした。

そんな日々に彩りを与えてくれていたのは、J-WAVEだったように思うのです。当時の私は平日も、休日もよく車に乗っていました。お気に入りの音楽を聴くこともありましたが、多くの場合、ラジオを楽しんでいたんですよね。

たぶん寂しかったんだと思います。誰かの声を聴いていたい。誰かが楽しく会話しているのを聴いていたい、と自然に心がそう感じていたんだろうと思います。

そんな中で、GROOVE LINEは貴重な存在でした。秀島さんの惚れ惚れするような素敵な声が、ピストンさんのトークによって、まさにDJのように愉快にアレンジされていく。それを聴いているだけで、あぁ自分にとっては、この時があるから、大都会(東京)での1人生活も楽しめるんだなって思いました。

今思えば、これが私にとって最初の「サードプレイス」だったのかもしれません。

GROOVE LINEが何か私に意味あるもの、自己成長につながるものを提供してくれたわけではありません。ですが、こんな番組が平日毎日、しかも夕方という時間枠に放送されていたことそのものに、どこか意義があったのかもしれません。


好きなことをやり続けよう

僕はずっとやりたいことをやってきて、そして、そのやりたいことをやれる場所をずーっと探してきて、そして、これからもずーっと同じことをやっていきたいと思います。
そういう生き方を毎日の放送の中で、ものをみなさんに届けるとか、それから、情報を聞いてもらってとか、そういうことじゃなくって、僕が生きている中で感じたことをみなさんと共有して、またみなさんがくれたことを僕も感じて、共有して、成長するってことをいつの間にか目標にしていた
ので_(後略)

最後回の放送で、最後にピストンさんが残した言葉です。

いや、心に染みました。

ここに書かれていることって、まさに彼の「生き様」なんですよね。

ラジオって本来、情報を伝えるものだと思うんです。だから情報を届けることが目的だったりする。(なんか同じことを書いてる(汗))

でも、彼がこの番組で提供してきたものって情報じゃなくって、生き様だったんですね。だから私は、たくさんの元気を、この番組からいただけたんだなって思うし、自分もこんな風に"自由でありたい"って思えたんだろうなって思います。

30代に入り、留学・転職・結婚と、私の人生が大きく変わっていく中で、ここ10年はめっきりGROOVE LINEを聴くことはなくなっていました。自分自身も成長したということでしょうか。

いつの間にか番組は、秀島さんがパーソナリティーから卒業され、時間や曜日も短縮され、徐々に形を変え、時折聴いた時にも、だいぶ雰囲気も変わりつつあるように感じていました。(私自身が変わってしまったのも影響しているのかも。)

それでも、偶然ではありましたが、最後ギリギリに、radikoを通じて最終回を聴けたことは、本当によかったなと思います。

最終回もムダなことのオンパレードでした。それによって、だいぶ勤務時間奪われました(笑)ですが、本当に最後の最後に気づきあるいい言葉を聞かせていただきました。

私もこれからも、好きなことをやり続けよう。そしてその生き様を、このnoteに刻んでいこうと思います。

ピストンさん、秀島さん、そしてリスナーの方含め、GROOVE LINEを作ってくださっていた全ての方への感謝の想いをこのnoteに込めて_。

ありがとうございました

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