創作怪談 [ 正丸トンネル駅 ]

 趣味の写真撮影の為に、埼玉県の三峯神社まで行った時の話である。

 季節は秋の入り始めで、神社最寄りの秩父鉄道から西武線に乗り換えた時には既に陽は落ち切る寸前で、辺りは仄暗い闇の中に溶け込んでいる。
 車窓からぎりぎり望める風景を眺めながら、眠気を堪えて座っていた。
 西武秩父を出て横瀬にて、車内に女子高生が乗り込んできた。
 姦しいので目を向けると、3人組の女子高生が窓際に陣取って話をしている。
 静かな車内にテストや部活の話題がとりとめなく響き始め、電車は横瀬を発車する。

 しばらく電車は進み、車窓から外を再び眺めていると、引き込み線がいくつかと、廃材や錆びたレールが積まれている場所を過ぎていった。
 と、鏡のようになった窓ガラスに、向かいの座席に腰掛ける一人の女子高生が目に入る。
 横瀬で乗車したのはグループの女子高生だけではなかったようである。
 どうやら彼女は友人を伴わず、今時珍しくスマホやイヤホンの類は身に付けていないようだった。
 じっと俯き、前髪に隠れて目を見ることは出来ない。 

 電車は進んで芦ヶ久保を過ぎ、進行方向にはそびえるように岩盤が見えてくる。
 岩盤、正丸峠を突っ切るように掘られた正丸トンネルという長いトンネルに速度を落とした電車は正丸トンネル内に進んで行き、中ほどで時間を掛けて停車した。

 なんだろう、と思いアナウンスに耳を傾けると、列車のすれ違い交換のため、10分ほど停車するのだという。
 単線の路線ではままある事なので、姿勢を戻し、疲労に任せて眠る事にした。

 すると、5分も経たないうちに電車が動く衝撃が身体に走り、目を開けた。
 わずか十数秒ほど進んで、再度停車し、扉が開く。
 扉の外は闇に包まれ、少し離れた所から等間隔にライトが並び、その下だけが明るい。
 そして扉のすぐ外には、小さなホームがあった。
 ホームはあるが、駅名の看板や改札は闇に紛れて見ることが出来ない。
 列車の中もホーム上も、非常に静かである。

 視界の隅で何かが動いた気配を感じたのでそちらに視線を向けると、一人で乗車していた女子高生が立ち上がり、扉の外へ降りようとしている。
 明かに通常の駅では無いはずなのだが、彼女が降りる事に違和感を感じず、同時に呼ばれているようなきがしてきた。
 とにかく彼女に付いて行かなければならない、そんな焦燥感をひしひしと感じて、僕は席を立つ。
 なんだか空気がねっとりしていて、意志に反して身体の動きがひどくゆっくりとしている。
 彼女の動きも早くは無いけれど、自分の動きは輪にかけて遅く、彼女に追い付くことができない。

 必死に追いかけて扉の前まで進んだところで、列車の扉が閉まった。
 暗闇のホーム上に、彼女のシルエットだけが浮かんでいる。
 ふと、少女の声だけがこちらに届く。
「また、誰も降りてくれなかった」

 身体に揺れを感じて、意識が急に覚醒する。
 すれ違い交換の下り列車が横を通過し、乗車している列車が発車するようだ。
 席に座ったままの姿勢で、慌てて窓の外を眺めて見ても、ライトがぽつぽつと見えるだけで、駅があるようには見えない。
 釈然としない思いを抱えながら、列車は進んでいった。

 次の停車駅、正丸では峠を越え、女子高生のグループは降りていったが、一人だけのあの女子高生は姿を消していた。

 後に気になって調べてみると、正丸トンネル内には信号場があり、列車の交換を行うスペースはあるが、駅としての設備は持たないらしい。
 そして今から約半世紀ほど前、トンネル内で事故があったとか。
 何かの間違いで信号場で扉が開き、一人乗っていた女学生が線路上に落下、足を折った上で置き去りにされたまま見つけられず、一ヶ月後に死んだ状態で発見されたという。
 暗闇のトンネルの中、停車する列車を送り続けた彼女は声を上げ続けたようだが、それは届かなかったらしい。

 おわり

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