創作怪談 [ 暗室にて ]
2020年9月12日、にじさんじ所属のVTuber 月ノ美兎が行った百物語企画に投稿した創作怪談です。
採用は頂けませんでしたが、腐らせるのももったいないのでアップしました。
暇つぶし程度に楽しんでいただければ。
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今から20年ほど前、僕が写真の専門学校に通っていた頃に友人から聞いた話です。
当時はまだフィルムでの撮影が当たり前で、課題に追われる僕たち学生は、毎日のように撮影に出たり、暗室でプリントをする日々でした。
学校の暗室は、普段なら10人程度で使用する事が多かったのですが、その日は珍しく、僕とその友人の2人だけで使っていました。
夏の暑い空気を避けて1日過ごせる暗室は僕たちにとって格好の避難場所でもありました。
暗室と言っても、部屋の1辺にはブースに仕切られた長机に15台の引き伸ばし機が乗せられ、反対の辺には巨大な流し台、ほかにエアコンと掃除用具を入れたロッカーという、いたってシンプルな部屋です。
学校の共用の施設とは言え、毎日のように使っていると、なんとなく自分の場所のように愛着が湧くもので、僕は奥から2番目の引き伸ばし機を普段から使用していました。
エアコンの吹き出し口からほど近く、季節を問わず空気が冷たいこのブースは他の利用者からは不人気らしく、いつも比較的綺麗な状態を保っているからです。
「……なぁ、お前って幽霊とか信じる?」
唐突な友人からの質問に、僕は笑って答えました。
「いや、信じてない。いきなりどうしたよ?」
友人は僕の方にチラチラと目線だけを送りながら、落ち着かない雰囲気のようでした。しばらく黙り込んでいましたが、そのうち、ふと口を開きました。
「なんとなく思い出した話があってさ。
俺の地元って、それなりの田舎でさ。有名な肝試しのスポットがあるんだよ。それこそ雑誌に載ったり、テレビの取材が来るようなさ」
当時は心霊ブームで、メディアでは心霊写真や除霊などの特集がしょっちゅう組まれていたのです。
とはいえ、その友人がそっちの系統の趣味を持っているのは意外だったので、少し驚いたのを憶えています。
「なんのことはない、廃業していくらか経った歯医者なんだよ。
ガラスとか割れてるし、草がぼうぼうに生えてるけど、特別なにかすごい訳じゃない。
なんでも、治療室の奥の小部屋に、治療の時にドリルで顎に穴を開けられた子供の幽霊が出るとかなんとか。
で、俺も少し興味があって、上京前に忍び込んだ事があるんだ」
高校卒業のタイミングと考えると、今から3年ほど前になるだろう。
「ふーん。で、なにか起きたのか?」
「何も。ただの廃墟だっただけだ。普通に待合室があって、受付があって、治療室があって。その奥には件の小部屋、資料室があった」
「資料室?」
「保存しなきゃならない古いカルテとか、珍しい事例の治療ファイルなんかがあったらしい。それに歯形や模型なんかも」
「治療の時に説明に使うようなヤツか」
友人はうなずき、続けた。
「ほかにめぼしい物も無かったし、俺はすぐ出て行った。時折雑誌とかで写真を見たりしたけど、変わってないみたいだったな」
特に感慨はなさそうだった。
「それにしても随分詳しいな。知ってる時にはもう廃業して経ってたんじゃないのか?」
僕は気になって訊いてみた。友人はなんだか嫌そうに首を振った。
「廃業する前に勤めてた人を探して聞いたんだ。
実は、春先に帰省した時にまた行ったんだよ。この廃病院に」
友人は、暗にこの先は言いたくないという含みを持って、言葉を切った。
セーフライトの赤い光に流れる水が反射して、流しが赤く揺れている。
水音とエアコンの音だけが響くなか、しばし沈黙が続く。
じんわりと寒気が増した気がする。
「それで、その先は?」
このまま待っても話し出しそうも無いので、僕は話を促す。
「地元に戻って一通りの事を済ませたあと、する事も無くてさ。暇つぶしに入って、見つけたんだよ。子供の骨。
噂になってた資料室を出て、治療室に戻ったらさ、今まで誰も気付かなかったみたいだけど、資料室の真向かいの壁に、膝丈くらいの扉があったんだ。
壁の色と似てたから以前の俺も、他の連中も気付かなかったんだと思う。入り口側からは診察台の死角になってるしな。
で、開けてみたら見つけたんだよ。子供の全身の骨を」
最後の方には絞り出すような声になっていた。かすれて震えている声で、プリント作業に向かう手だけは震えずに的確な作業を続けている。
「驚いた俺は慌てて警察を呼んで、調べたら本当に人骨だったんだと。
なんでも、俺が生まれる頃にかくれんぼ中に行方知れずになった子供がいて、あそこに隠れたまま出られなくなったんじゃないだろうかってな」
僕はしばらく絶句したまま立っていた。
「それはなんとも、大変だったな……」
そんな月並みな言葉を投げ掛けつつ、ふと思った事を問いかける。
「それで、なんでそんな話をここで?」
友人は、こちらをチラッと一瞥して言う。
「いや、思ったんだ。なんとなく思い込んで片づけてるところに意識を向けたら、思いがけないことがあるのかもしれないってさ」
「どういう事だ?」
露光した印画紙を現像液に浸け、見つめながら、友人は話す。
「あそこは心霊スポットとして有名で、今まで何人も遊び目的だったり取材で入ってる。
でも、有名なのは資料室であって、あの病院そのものじゃないんだ。
見に行った人間は資料室を見た後、出た向かい側に小さな扉があったとしても、無意識に不要な情報として処理してしまう。
見えているのに、見ようとしないんだ」
訥々と語る口調は、強くも弱くも無い。強弱も緩急もなく、ただ口から出るのに任せているように聞こえる。
「もし誰かがもっと早くに“見よう”としていれば、もっと早く見つかったのかもしれないよな」
そこまで言って、友人は顔を上げた。まっすぐこちらの目を見据え、無表情に言葉を投げる。
「見えない先客がいるかもしれないって、なんとなく思った事あるだろ?」
その言葉で、言わんとしていることは通じた。
水の音が響いている。赤い光に照らされて、大きな水面がゆれている。
僕がそれに返答することはないだろう。
認識してしまったら、きっと“見えて”しまうのだ。
心なしか、冷気が強くなったようだ。
おわり
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