つれづれつづり_仕事1

上京(ゲイと仕事 #1)

「つれづれつづり」第三回のテーマは「仕事」。

初回の「平成」や前回の「恋愛観」がテーマの際も少し触れた内容ではありますが、自分の中での仕事観への変化を、ざっくり以下の3回に分けて綴っていきたいと思います。

1話:就職活動〜新入社員時代(2004年前後)
2話:20代中盤〜後半(2005年〜2011年頃)
3話:30代〜現在(2011年〜現在)

就職活動〜新入社員時代(2004年前後)

関西の地方大学に実家から通い、それなりに大学生活を楽しんでいた当時の自分。理系の学部だったので大学院に進む友人もちらほらいたものの、自分は就職してとにかく早く地元から抜け出したかった。
それは「大学院に進む金銭的な余裕が無い」という表向きの理由と、「閉塞的な環境から抜け出して、ゲイとしての人生を謳歌したい」という裏の理由があったから。
外を歩けば知り合いに出会い、噂もすぐに町中に広がるような田舎で、親や知り合いの目を警戒しながらゲイの活動を行うことに限界を感じていた。出会い系掲示板を覗いてみても見覚えのある書き込みばかりで、都会のようにゲイ自体の人口も多い訳ではない。
「この町でずっと暮らしていても、ゲイとしての幸せを得ることはできない」
そう感じていた僕は、とにかく実家を出て大きな街で第二の人生を始めることを夢見ていた。

僕が就職活動を始めた時期は、就職氷河期も終わり、インターンシップが少しずつ流行りはじめた頃。
IT関係の学部だった自分も、流行りに乗ってインターンシップに応募してみた。それまでは学校で学んでいたプログラミングなどの技術が、社会に出てどのように役立つのか実感が湧いていなかったのが、インターンシップの課題で実際にシステムを作り上げていく体験を経て次第に分かってきた。
そのインターンシップが良い経験となり、就職活動にも非常に高いモチベーションで挑むことができた。地元から大阪まで通って就職活動をして、ついでに大阪でゲイの友達と遊んだり飲んだりしながら、就職活動そのものを楽しんでいた。この頃に思い描いていた未来は、希望が満ち溢れてキラキラしていたように思う。
「この会社に入りたい」という具体的な目標は無かったものの、「とりあえず親を安心させたい」という気持ちから、最初に内定をもらった大手上場企業に就職を決めた。

勤務先もめでたく東京に決まった。
はじめての東京でのひとり暮らしと社会人生活は、想像していた以上に目まぐるしくも楽しかった。
慣れないスーツと満員電車での出勤で毎日神経をすり減らし、へろへろになって帰ってきても家事はすべて自分でこなさなければいけない。同期と同じ寮(借り上げマンション)での生活だったので、週末も同期と遊んだり飲んだりすることが多く、一人の時間はほとんど無かった。
入社後半年ほど経って社会人生活にも慣れ、同期とべったり過ごすことも減って自分の時間が増えてからも、憧れだった東京のいろんな街を巡ったり、ライブやフェスに頻繁に足を運んだり、趣味を満喫していた。
「上京したらゲイとしての生活を謳歌しよう」と意気込んでいたものの、気付けばそんなことをする余裕はまったくなく、東京という街を楽しむことで精一杯だった。

それでもやはり性欲や独り身の寂しさが募る時もある。
上京してゲイの友達は一人もいなくなったので、人づてに友達が増えることもなく、掲示板やmixiなどのSNSで知り合うしかない。
そうやって知り合った人と会ってみても、お互いにピンとこなかったり、良いなと思った人でも上手く距離を縮めることができなかったり、一度だけ会ってお茶をしたり体を重ねて次はもう無いような出会いがほとんどだった。
稀に趣味や気が合う素敵な人と出会えたとしても、そういう人にはもう彼氏がいて、隣の椅子は空いていないことが多かった。
勇気を出して二丁目に行ってみても、独特な文化やノリに馴染めず、「ここに自分の居場所はない」とアウェイな気持ちにさせられることがほとんどだった。
ゲイの遊び方や文化に触れずに歳を重ねることで、その世界に入り込む足がかりを失ってしまったように思う。
結果、ゲイとして遊ぶことよりも仕事や趣味に精を出す方が楽しくなり、ゲイとしての活動は体目当ての出会い掲示板やハッテン場などで刹那的な出会いをたまに楽しむ程度になっていた。
「まだ20代前半だし、そのうち良い出会いがあるかもしれない」とその頃はそこまで焦っておらず、悠長に構えていた気がする。

そんな風に20代前半の社会人生活は、あっという間に過ぎていった。
まだこの頃も、未来は漠然とした希望に満ちていた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?