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平成元年

平成元年。

当時、僕は5歳ということで、記憶はほとんどない。

うっすらと覚えているのは、昭和天皇の崩御によりテレビがすべての局で数日間特別番組に変わり、CMも自粛され、子供心にも「なにか尋常じゃない自体が起きている。」という雰囲気は感じ取ることができた。

今になって想像してみると、震災直後の自粛ムードの空気に近かったのかもしれない。


昭和が終わり、平成が始まる。

そんなことは当然、5歳の子供の生活には何の影響も無く、地方の平々凡々とした家庭で日常を過ごしていました。木造一軒家のひとつ屋根の下で暮らす、祖父母・父・母・姉・兄・僕。特別に裕福でも貧乏でもなく、ちびまる子ちゃんの家のような、典型的な昭和の家庭。

当時はまだバブルの真っ只中で景気もよく、家族旅行にもいろいろ連れて行ってもらっていたことをおぼろげに覚えている。ニュースでよく見るようなバブル期の都会の派手さは田舎の小さな家庭からは遠い世界の出来事で、「特別裕福な家庭で無くても、家族旅行に行ける」くらいの恩恵に預かれる程度の出来事でした。

保育園児なので、当然セクシャリティなどまだ何も自覚は無かったけれど、10歳近く歳の離れた姉から、おままごとの人形さんみたいに扱われていたので、一緒にままごとあそびやお菓子作りをしていたり、近所の女の子の友達とよく遊んでいたのを覚えています。もしかするとこの辺りも、セクシャリティの方向性を決める要素のひとつだったのかもしれない。

かと言って男の子のおもちゃが嫌いだったかというとそんなこともなく、誕生日には毎年聖闘士星矢のフィギュアをプレゼントにもらっていたり、兄のおさがりのファミコンで遊んだり。てんとう虫コミックスのドラえもんはボロボロになるくらい何度も読んだ。しずかちゃんのお風呂を覗くシーンは特にドキドキしたりもしないけど、「女の子の裸を見るのはエッチなことなんだな。」と無意識に学習していた気がする。

この頃は羞恥心や社交性もまだ芽生えておらず、周りの目を気にすることもなく、ただただ自分の好きなことを無邪気に好きと言えていた。真っ白なキャンバスのような心に周りから吸収したことを描いていき、やがて自我が形成されていろんなことに悩み始めるようになるのでした。





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