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交流会感想と ~大切なキミに贈る本~

昨日の交流会は,久しぶりの顔合わせでとても貴重な時間になったと思っています。敏感気質でお悩みの仲間。共通した仲間なので,話をしている時は安心して話せます。ただ分かってはいても,会前の緊張感はHSP独特なものがありました(笑)でも,話してみたら多くのものを得たような気になりました。

その中で,私が以前Hさんに紹介していた『大切なキミに贈る本(石井裕之著 祥伝社2006年)』の話になりました。私にとっては大きな影響を受けた本だったので紹介をしたのですが,内容に関しては14年近く前に読んでいる本だったので,断片的な記憶しか無くなっていました。

この本は,フォトブックというスタンスで,当時文字として頭に入って来なかった私に,フォトという形から拡がってくるものを感じて,とても印象に残るものだったと思っています。14年経過して今もそういった印象は残っています。


まずは,著者の石井裕之さんに関してですが,私が28歳の頃(14年前ですね),鬱病を経験しました。それから色々ともがきました。本も沢山読みましたし,既に離婚していた父親にも会いました。叔父に相談もしました。友人(当時の)には旅行にも連れて行って貰いました。

もがきにもがきましたが,結局は今もお世話になっている公認心理師の佐々木修先生のカウンセリングを経験することが私にとっての大きな影響を受けたことでした。私は父親(的役割)もいませんでしたので,佐々木先生から教えて頂けることが新鮮で新鮮でたまりませんでした。

ただ,30歳で大学を受験しようと思っていたのは,石井裕之さんの影響が大きかったです。「目標を人に言ってはいけない」「最初はローギアで,徐々に速度が上がってきたらギアチェンジして起動に乗ってくる」など…。この通りに計画して勉強していったら,もしかしたら合格するのでは無いか,という思いに駆られ,

それからは大学に詳細を調べに行ったり,出身校に卒業証明書を貰いに行ったり,地元の図書館(学習室)に毎日のように通ったり,自分なりに加速して行ったんだろうと思います。「ここまでやったんだからきっと大丈夫」そんな感覚で受験は出来たと思います。

合格発表が終わってはドキドキで,周囲には一切話しませんでしたが,合格の発表を受けてから,職場には夜間大学に行かせてもらいたい意思を伝え,友人には大学に行く意思を表明して,その事に関しては「一言相談して貰いたかったな」と文句も言われましたが,今でもこの時に行動選択に関しては後悔していません。



さて,この本をイメージするとストーリーは薄ら記憶になってしまっていたのですが,あるストーリーを記憶していたんです。その事に関して気になっていたので,今回もう一度著書を読み返してみました。

「2階建ての家から3階建ての家にする際,一度全て壊して,一から作らないといけない」
そのまま増設することによって,無理が生じてしまうことになり,やがて崩れてしまうことになるかも知れません。




人間がステージを上げる際は,根本から変わらざるを得ない(崩壊しざるを得ない)時が来るということ。経験してみると,一時全ての目標を見失ってしまったかのように感じてしまいます。

ただ,もっと大きな目標を手に入れる為の前兆であるということ。そこの部分を理解して置くことに関して書かれている本でした。今現在振り返って観ると,同じようなことを,河合(河合隼雄)先生もおっしゃっていたなと思いました。

河合先生は,この事を『死と再生』とおっしゃっていて,ステージが上がる時には死を経験する必要があると言っている。卒業式やら,成人式,結婚式などはその部類に当たるのだろうと思っています。




さて振り返って,私の28歳の記憶を思い出してみると,当時私は生きることから絶望感で鬱病を発症した。正直,生きたい気持ちもあるし,死ぬのが怖い気持ちもある。でも,もう手詰まりで打つ手が残っていない。自分に対してのお手上げというのが正直な印象だろう。楽に存在を消してしまいという気持ちが強かったですね。

先程も書いたが,本当にもがきにもがきました。陶芸もしたし,座禅もお願いさせて貰って体験させて貰いました。ヨーガに関しても勉強しましたし,本当に色々ともがきました。

それから現在15年が経過しています。28歳で一度壊れてしまった私に対して,佐々木先生に自己分析をお願いしている中で,自分の中では3階建ての建物を建設している作業をしていたようにも思います。

勿論,今でも悩む場面は多々ありますが,28歳の頃の悩みと今の悩みは質が違っているようにも思うんですね。職場に対しても「アサーション(自己主張)」という部分でも,行うことも出来ているし,罪悪感に支配されずに(実際には頭には何度もよぎりますが…笑)「いけないものはいけない」と攻撃性を主張することも出来ているように思っています。



私は,人生を90年で考えていましたが,著者の石井さんは,人生を100年に考えていらっしゃって「100年後にはみんないなくなってしまう」と断言しています。ただ,そのまま自分に当てはめてしまうと,

42歳(現在)+100年後=142歳

という事で,これは現実的にはありえない年齢である。なので,実質私の周囲の年代は長くても60年後にはいなくなってしまうことを語っているように思います。これは事実ですからね。納得します。

私は,現在引きこもっている弟がいて,その弟も来年で40歳。正直,兄として何とか前を向いて欲しいと思っています。ただ綺麗事ではそう思っても,心の中では苛立ってしまう,そんな自分も見え隠れしてしまいます。

今日は職場のお休みを頂いているので,また引きこもり支援に対してのアポイントもとっているので,今日は私は同席はしないのですが,母親にお任せして,私は影で祈っていたいと思っています。



ウチの弟に関しては,社会経験が乏しい為,きっとこれから2階建ての自我を建設する作業になるのかと思います。ただ,これは大事なことなんだろうと思っています。周囲と決して比較すること無く,自分らしく自分らしい自我という建物を建設していければ良いように思うんです。



どんな自我(建物)を形成していくかも,それぞれの人生だと思っているので,全てが一定になることは無いと思うし,それでは味気ないしつまらないと思います。交流会の中でもお話が広がりましたように,社畜としての人生まっとうすることも1つですが,やりたい方向(いきたい方向)に進んで見ることも大事なように思うんです。

私の中では「今を楽しむ」という感覚も大事だと思いますが,「今を深く掘って,深く楽しむ」そのために「勇気を出してみる」。HSPにとって勇気を出すことに関しては辛いことになってしまうのかも知れませんが,私は勇気を出せた自分を見える化することによって,自己肯定感を形成して行くことが出来るように感じています。それが,こういったSNSでの発信であったり,交流会で話せることに関してのそういった効果が大きいように思います。

石井さんのおっしゃる建物というのも,そういった部分の見える化に関して言っているのではないでしょうか。

近々,自身のプチ自慢を投稿しても良いのかなと思っているんですが,まだ心の中にしまっておきますが,一昨日「勇気を出せて良かった」という経験をすることが出来ました。本当はドキドキのしっぱなしで,心から楽しめたのかと思えば「???」の時間だったと思います。ただ,周囲の人以上に勇気を出すことが出来たご褒美を頂いたような気がするんです。

こちらに関しては後日書きたいと思っています♫
支離滅裂な文章になってしまい,しっかり推敲もすべきなんでしょうけど,配信中の中で気づいたら直すことにします。すみません。

#HSP
#AC





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