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勉強ノート: 映画構造と感情システム (1)

 映画を見る側の感情の働きを勉強するために、まずは感情心理学について勉強している最中なのですが、映画から離れて勉強していると、どう映画とつながるのか分からなくなって、何を私は勉強しているのだろうと路頭に迷いそうになります。

 というわけで、映画と感情についての本で基本的なものを読みたくなってきました。本棚から取り出してきたのは、Greg M. Smith の "Film Structure and the Emotion System" という本で Cambridge University Press から2003年に発行されたものです(ここでは一応「映画構造と感情システム」と訳しておきます)。

 全部で10章あって、「ステラ・ダラス」やエイゼンシュテインの「ストライキ」やルノワールの「ピクニック」といった具体的な作品を題材にした章もありますが、今回読んでおこうと思ったのは第1章 "An Invitation to Feel" で、「感じることへの誘い」とでも訳すのでしょうか。

 ほとんどの人にとって映画体験の中心は感情なので、映画研究家は研究テーマのトップに感情を持っていていると考えがちだが、これまで映画と感情に関する本や論文はほとんどなかったというのが出だし。そこから、これまでの映画理論史における感情の取り扱われ方が略述されていますが、そこは割愛。

 心の機能の研究をする認知主義によって、映画を見る側の働きがより理解できるようになり、「映画構造と感情システム」は次の代表的な著作から発展させたものです。

David Bordwell, "Narration in the Fiction Film" (University of Wisconsin Press, 1985)

Noel Carroll, "The Philosophy of Horror, or Paradoxes of the Heart" (Routledge, 1990)

Gregory Currie, "Image and Mind: Film, Philosophy, and Cognitive Science" (Cambridge University Press, 1995)

Murray Smith, "Engaging Characters: Fiction, Emotion, and the Cinema" (Oxford University Press, 1995)

Joseph Anderson, "The Reality of Illusion: An Ecological Approach to Cognitive Film Theory" (Southern Illinois University Press, 1996)

Edward Branigan, "Narrative Comprehension and Film" (Routledge, 1992)

Torben Grodal, "Moving Pictures: A New Theory of FIlm Genres, Feelings, and Cognition" (Oxford University Press, 1997)

Ed S. Tan, "Emotion and the Structure of Narrative Film: Film as an Emotion Machine"

 映画的感情(filmic emotions) に関する研究法に望まれることを10項目あげています。

 1. 映画的感情に関する良い研究法は、どのように特定の映画が感情を引き出すかについて、一般化するのではなく、特定の説明を行うべきである。すなわち、二つの別の映画がどのように感情を引き出すかについて異なった説明をすべきである。異なる映画を同一のメカニズムに還元する研究法は還元主義であり、個々の映画に対して特定の考察をしなくなる。良い研究法は各作品の詳細に向かうべきである。

 2. 映画的感情に関する良い研究法は、感情といかに感情が喚起されるかを論ずるための用語を提示すべきである。これは第1項目からの発展である。映画的感情の理論が生産的であるべきならば、混沌とした感情の世界について特殊性や独自性をもって語るための言語が必要となる。二種類の専門用語が必要となる。感情の状態を表す用語と、感情反応を促す映画構造を論ずるための用語である。

 3. 映画的感情に関する良い研究法は、全体的なレベルと局所的なレベルで感情の現象を説明することができるべきである。一本の映画は、幅広い感情を喚起し、なお感情的な統一を保つことができる。映画全体に作用する幅広い感情過程だけでなく、各シーンを支配するより細かい過程も説明する必要があるし、こうした全体的な過程と局所的な過程がどのように協調するかを説明する方法も必要である。

 4. 映画的感情に関する良い研究法は、感情の状態を表す用語を提示するだけでなく、どのように感情の状態が時間とともに変わっていくかを説明することができるべきである。どのように感情反応が発展したり衰えたりするのか。どのように映画がある感情から別の感情へと変化するのか。安定した状態としての感情と動的な過程としての感情の両方を説明する理論が求められている。

 5. 映画的感情に関する良い研究法は、個々の感情反応間の違いを否定することなく、なぜ映画が幅広い観衆に感情反応を引き起こすことができるのかを説明することができるべきである。映画はさまざまな観客に対して驚くほど似ている感情反応を引き起こす。この反応の連続性を説明する必要がある。にもかかわらず、個々の観客の間には驚くべき幅の反応があるので、単一の感情反応を唯一正当なものとすべきではない。

 6. 映画的感情に関する良い研究法は、幅広い映画における感情を説明することができるべきである。もし研究法がメロドラマや現代作品に対しては有効だが、アクション映画やサイレント映画に対してはそうでない場合、限定的な利用価値しかない。もし研究法が古典的ハリウッド映画による感情への訴えかけをひいきにしている場合、その枠組に合わせるために他の映画を作り変える傾向がある。古典的映画には芸術映画と異なる感情の説明が必要だが、両者を説明する研究法があれば、より強力であろう。

 7. 同様に、映画的感情に関する良い研究法は、幅広い映画の意味作用を論じることができるべきである。映画には感情を引き出す数多くのメカニズムがある。照明、カメラ、演技、サウンド、音楽、演出、配役、語り方、ジャンルの慣習などである。もし研究法がどれか一つに集中しすぎると、他の感情の合図を見逃す可能性が高くなる。多くの理論は映画的感情の中心メカニズムとして登場人物との同一化を強調している。

 8. 映画的感情に関する良い研究法は、なぜある映画が感情を引き出すのに成功するのかだけでなく、なぜ別の映画が失敗するのかも説明することができるべきである。どのように映画が感情に合図を送るかを示しても、半分しか成功していない。理論が説明力を発揮するには、何本かの映画が感情を引き起こすのに失敗する理由も説明できなければならない。

 9. 映画的感情に関する良い研究法は、将来の研究のために特定の研究課題を生じさせるべきである。ある理論が完璧にすべてを説明していて、将来の研究を排除していると思える場合、その理論は、まとめすぎていて、研究者にとって有用ではない。興味深くて研究できる課題をいくつか生み出す理論は、研究者にとって大理論(grand theory) よりも有用である。

 10. 最後に、映画的感情に関する良い研究法は、感情の理論や実証的研究に基づくべきである。映画研究は、近年感情に関して行われている数多くの研究を利用すべきである。映画的感情の概念は、どのように感情が作用するかに関する利用可能な最良のモデルと調和すべきである。特に、実証的な方法論(特に心理学、人類学、社会学)を使用している研究者は、感情に対する新たな洞察を発見するのに優れている。しばしば、感情の議論は、真実であろうがなかろうが、感情について一般的に信じられていることを永続させる。もちろん、実証的な研究者も、同様の永続可能な考えに陥りやすいが、少なくとも彼らにはそうした考えを反駁するデータに出会う機会がある。実証的研究は、現実世界の過程に根ざした堅固な基盤を築くために感情を扱う際に特に有用である。

2011年4月11日

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