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2月27日


 韓国文学の翻訳家として知られる斎藤真理子の読書エッセイ。『本の栞にぶら下がる』

 フランスの大河小説『チボー家の人々』に始まり、いぬいとみこ『木かげの家の小人たち』
林芙美子や郷静子、永山則夫の『土堤』鶴見俊輔、韓国出身の作家や詩人たち(私はまったく知らな人たち)田辺聖子、森村桂など。

 読書はつくづく旅に似ている、と思う。
過去への旅、ビリビリ響く。

いぬいとみこさんのこと、の章は、、、
いぬいさんが戦後民主主義の申し子なら、私は冷戦時代の子供だった、という文にハッとする。
いやはや、私もなかなか凄い時代に、それも青春時代を生きてたな、と再確認。
(ボブディラン、ビートルズが真っ先に浮かんでくる)

韓国文学はどうだろうか?
決して甘いものではなかった、と思う。
反抗期としての青春などなかった、のだとも思う。

田辺聖子や森村桂の小説はユーモアがあり好きだった。
特に、森村桂の焼き菓子との出会いのエッセイは好きで軽井沢に行った際、『アリスの丘』でバナナケーキを食べた想い出もある。

体感できる読書だった。
2024年も戦争は続いてる。コロナだって心配だ。
過去は今に続いている。、、、どんな古い本にも、今につながる栞が挟まっているのでした。、、、

栞をする箇所はどこだろうか?
いつの時も、人間の尊厳を大切にした部分でありたい。

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