見出し画像

【取り残されてるの?】

潜在意識が焦っている。
世の中の変化の目まぐるしさに取り残されないように、インターネットの情報の速さと膨大さに取り残されないように、と。

何かに急かされるように、友人知人のSNS投稿やインターネット記事をざっと斜め読み。脊髄反射的に「いいね」をしたり、浅薄なリツイートをしたり、記事の趣旨を理解した気になったりする。さっと見てどんどん画面をスクロールしていくのだけれど、何をそんなに急いでいるの?と尋ねられると、そう言えば何でかな?咄嗟に答えられない。

速さと多さへの、正体不明の焦り。
丁寧に生きていない。
自分の人生の手綱を握れていない。

喜びが少ない。

だから、喜びが増す方へ。
私が見たいと思った時だけSNSアプリケーションを起動し、応答すべきコメントを返すや否や、すぐに巨大なSNS村から離脱する。
速報を知らせてくれるインターネットニュースはありがたいが、食卓に置かれている紙の新聞に目を通し、書かれた記事の向こう側を想像する。
また、傍らに積んである本を手に取り、紙の質感を心地よく思う指でページをめくり、精読する。時どき前の頁に戻ったり同じ文を読み返したりしながら筆者の言わんとすることは何かと考える。時には自分で問いを設定しながら読んだりもする。稚拙な問いでも構わない。

本当に大切なものはそれほど多くない。
できるだけ丁寧に遅く生きる。
私の人生の手綱を私が握る。

このように、遅く暮らしたとして、一体私は何に取り残されるのだろうか。
もし既に何かに取り残されているのだとして、私はいま不幸だろうか。

遅く丁寧に暮らそうとする私は、もう一人の、焦って不安がる私に、ひとつ深呼吸させる。

-
#わたしが私として生きるためのエッセイ 43
#毎日更新
#遅く暮らす
#息をするように音楽をする
#日常は日常のままで別次元
#fujisakihirokazu

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?