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「ドラゴンボール」①はどうしてこうもつまらないのか

単行本①と②にざっと目を通しました。私がマシリト博士なら「ボツ」って言うと思うつまらなさでした。②で面白くなっていくのは感じました。②の終わりの方で悟空以外のキャラたちを「じゃあ元気でな」「悟空もな」で事実上抹消して、悟空のパルを、亀仙人に絞ったのは英断だと思いました。

考えてみると前作「Dr.Slump」は第一話の最初のページからずーっと何かのパロディでした。石立鉄男みたいなオッサンが、鉄腕アトムの誕生みたいなことをしていて…

「則巻千兵衛」→ おっさん (千兵衛)→ 女の子の首 → 二人が同コマに



いざ完成しても「はかせ、飛べません!」とか(そらアトムや!)「おへそからミサイルでないんですか?」とか(そらマジンガー某や)「どうやって悪と戦ったらいいの?」(そら略)とか「やっぱり女の色気…」(そら不二子ちゃんや)とかの、読む側のよく知っている作品やキャラクターのパロディをかけあい漫才で小気味よく進めていくのです

「はかせ !!」→ こけるおっさん(これで彼がはかせだとわかる)


「DRAGON BALL」はそういうパロディ(「そら〇〇や!」)が第一話からずーっとないのです。しいて言えば「西遊記」なのだけどパロディというよりは準拠枠に近いものなのでツカミが弱い。


続く二ページもあまりツカミがよくないのです。どうしてかというと…

第一に、右のタイトルページがよろしくないです。


私がマシリト博士なら「鳥山くーん、このメビウス風バイク、この第一話冒頭と何か絡んでくるわけ? ブルマは乗用車でこの後悟空の前に現れるわけだし、この時点で二人は出会っていないのだから、ブルマをここで出すのなら後ろの席に悟空がいちゃおかしいと思うよ。彼女にはひとりで運転してもらって、この後このモンキーボーイと遭遇するんだって風に絵を工夫すべきでないかな~」と集英社のジャンプ編集部から愛知県清須市のバードスタジオに電話するかもしれない。


「それから悟空の怪力キャラぶりを見せるのに、まるまる一ページ使ってしまうのはあなたらしくないなぁ」


「そのうえページをめくると、さらにもう一ページ使っちゃっているよね」


「この子のアクションを、ひとつひとつ見せたいのわかるよ。あなたはアクション動作を文節化して描くってのをやりたいんだよね。『北斗の拳』みたいな見開きで『あたたたたた』で押し切るようなのは嫌だって」



「だけどさ、アラレちゃんのときはたった一ページ、いや三コマで描き切ったじゃん


「お手製女の子が乗用車を跳ね飛ばすって、アラレのキャラ立ちには最高だったジャン。しかしこの男の子が、大魚を空中におびき出して一撃で仕留めてしまうアクションを文節化して見せていっても、この何でもありのメビウス中華ファンタジー世界においては、このモンキーボーイのキャラ特性とまではいえないじゃない?  キャラが立っていないわけよ」


この子、キャラが立ちきらないうちに、ブルマにたぶらかされて旅に出ちゃうので、生煮え感が拭えないのよこのストーリー

「もっと言ってしまうとだね、この第一話ってさ、いかにも水曜夜7時のテレビアニメの第一話って感じじゃん? 『いずれ作られるであろうアニメ版第一話は、こんな感じになるからよゐこの皆さん待っててね』って感じ



「アニメ翻案をどうやるかは東映の連中が考えることだから、あなたがそこまで下ごしらえしてあげることはないと思うんだが… そもそもこのままだとアニメ化の準備も台無しで、それどころか十週打ち切りになっちゃうよ、どうすんの?」

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