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「近藤量子」さんについて物理学徒が語ると

ここ数日、私のツイッター上では「近藤量子」さんがトレンド入りして、今日は入れ替わりに「量子力学」がトレンド入り中です。

こんどうりょうこ? りょうこりきがく? などというベタなボケはしません。原因を探っていったら、こんな風でした。


近藤という物理学者さんが、量子力学の大著(上下二巻)の下巻のほうで、ある若手研究者さんの著作を剽窃した ―― と若手さん側がツイッターで告発したのです。

告発を行った、堀田さんという方、面識はありませんがNOTEブログをなさっていてなかなか面白いのと、くだんのご著作(の2019年改訂版)を私読んだことがあるとつい先ごろ気づいたところです。これです。


こんな感じの内容です。(試し読み用PDF、公式のものです

https://www.saiensu.co.jp/preview/2021-978-4-7819-9985-2/SDB72_sample.pdf


そして著者の堀田氏は、この本(ご本人の本)の以下のページを、剽窃告発にあたって取り上げて…



そして「近藤量子さんが、その最新作のなかで、以上の2ページを剽窃している」としたのです。最新作とはこれです。下巻のほう。


告発側(堀田氏)のつぶやき、見てみましょう。


「P921-P922」とあるのは、上巻からの通算での下巻ページのことでしょうね。続きものの学術書ではよくあるノンブル方法です。

AMAZONにある書籍情報によると、上巻が470ページ、下巻が576ページなので、下巻の、あてずっぽうですがおそらくこの章のどこか2ページぶんです。



告発者の方の本、取ってあるので後で再読するとして、被告発者である近藤量子さんのものはいずれ地元国大図書館(学外者ですがお世話になってます)に入ると思うのでそれを待ちます。



似たようなケースが十年ほど前にありました。もっと前かもしれない。量子力学じゃありません音楽理論の本です。

ジャズミュージシャンで、音楽理論と楽曲分析にも秀でている、濱瀬元彦という方が、たしか1992年に『ブルー・ノートと調性』という本をお出しになりました。

これです。(ちなみに1998年再刊)


私も持ってます。正しくは「地元図書館で購入してもらった」というべきですが、熟読させていただきました。わかると面白いけれど、その域に達するまではひじょーに読みにくい、まるで群論の物理学本かというくらい説明下手な音楽理論書でした。

濱瀬さんの本書における宝刀は「下方倍音列」というアイディアです。

詳細は省きます。この本をバイブルと公言するとあるサックス奏者さんが「数学における虚数、精神分析における無意識領域にあたるもの」と手際よく説明されていたのでそれを引用するに留めます。そういうアイディアより、著者さんはジャズのある謎の音の動きを、理論化していく本でした。


さてこの本が6年後、つまり1998年の12月に再刊されるより、二ヶ月ほど前、別の著名音楽分析者さんが、こんな本をお出しになりました。『チックコリアの音楽』。


これも私読んだことがあります。地元県図書館に所蔵があったから。著者の山下邦彦さんは、濱瀬さんとはまた違う方向にユニークな分析メソッドとパーソナリティで知られる方です。



ずっと後になってある音楽雑誌で知ったのですが、この山下氏、先ほどご紹介した濱瀬氏から「てめーわしの『下方倍音列』説を今度の新刊でパクりやがったな顔貸せゴラァ!」と噛みつかれました。

音楽之友社で、二人のタイマンの席が設けられて… どうも濱瀬さん山下さんに押されて終わったようですね。その後「こうなったら法廷で争ったるわ」と弁護士さんに相談しました。自分の音楽理論の独自性について、切々と語りました。

相談を受けた弁護士さん、どう言われたかというと…

「ご説明を訊いているうちに、あなたの理論の真髄が私にも多少わかるような気がしてきました。しかし日本の法廷には、こういう高度な音楽理論を理解できる裁判官はいないと思う」

濱瀬氏は、そんな風にある雑誌インタビューで悔し気に語っていました。

読んだ私は苦笑いでした。ああ弁護士さん、氏を説得するの無理だって見切って、それでこういう言い方をされたんだなって、すぐわかったから。

もし山下氏がくだんの著作で、『ブルーノートと調性』中の文を、そのまま(かほとんどそのまま)転用していたのなら、著作権法でいうところの「複製権」侵害にあたると思います。

しかし、彼が『ブル調』内の文を数行でも(ほぼ)丸写ししたかというと、そうではないのですよね。

後で私も調べてみて、『ブル調』からある文を引用している箇所があった覚えがあります。ただそこでは出典が明記されてました。濱瀬の『ブル調』より、と。

もし「下方倍音列」のアイディアを、まるで山下氏が「おれが思いついたねん」といわんばかりの書き方で語っていたら、それはやはり礼を失する行為かもしれませんが、そういう記述があったのかな? 

そもそも「下方倍音列」のアイディアが、くだんの本で使われていたかというと、うーん私にはそう読めませんでした。その後の氏のご著作も追ってみても、この説を採用しての分析は確認できません。山下メソッドはもともと「下方倍音列」とは異種のものですし。


アメリカでは高度な数学の解法は patentable(特許申請できる)です。高度な数学ならね。レーガン政権の頃、日本製大型コンピュータに手を焼いた同国政府が知財保護に力を注いだ申し子です。

音楽理論はどうでしょう? あの国でも対象にならないと思います。


助教授というローポジションにあえぐ若手研究者が、教授という「あがり」ポストについて久しい方に、自分の努力の成果を、謝辞もなく上から吸い取られてしまった… そういう怒りと私は(現時点で)お見受けします今回の近藤量子さん事件。




再論はいつか別の機会に。


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