三日

なんの遊びもない「みっか」です。三日坊主。 好きな食べ物はうどんです。

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    生きてきた上の所感。

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    何らかを観察するための視点。

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やりとりの義務感

人と楽しくやり取りできる人が、よく分からない。 と、いうのも。自分はほとんど人と個人的なやり取りをしない。 「自分に必要だから聞く」「締切があるから返す」とか、そういうものは対応するが、所謂雑談のようなものをずーっと、長いこと続けるようなことが出来ない。出来ない、というか、必要性を感じないために後回しにしてしまい、連絡の来た1週間後に返事をする、みたいなことがよくある。(1週間後云々は迫られた連絡でもたまにやってしまうのだが) 別にその人自身が嫌いな訳では無い。ただ、ただ、

    • 幻想を孕んだインターネット

      人との予定がないと、人から「自分」という存在が忘れ去られてしまうのではないかとひどく不安になる。現実における自分のキャラクター性が苦手で、インターネットにおける自分のキャラクター性が好きだから、である。 現実というものは、なくてはならないものなので、仕方なくそこに縛られて生きている。その必要がどうしてもあるから。世界の理として、現実のほうが力が強いから。不本意だが、現実を優先して生きている。 疎かにされたインターネットに、未練を抱いている。インターネットは私がいなければだめ

      • 望まないことの難しさ

        試みた節制は難しいものだと、抱負の頃を省みながら考えています。 何がって、単純に。自分は他に望まないようにしているのに、人は自分に「こうしてくれ」「ああしてくれ」と望んでくることの、不平等さたるやと感じてしまって。自分のしようとしていたことって、「聖人になること」だったのかなあとか思い、それは無理だと考え直す日々。 嫉妬しないの根源をつきとめて、うまく順応したつもりだったのだがそうでは無かったらしいと気付くのはやはりそれらを全てした後でして。なんというか、結局しんどさを抱え

        • 体感・精神的負傷

          LINEの未読無視をしていたら怒られた。 ここだけ切り取って自分が責められるのは分かる。 「精神的負荷がかかっている状態で」と最初に付け足す。これでも、私は責められるのだろうか。 責められるのだろう。結局、わるいことをしたのは自分なのだから。 そうなのだ。「わるいことをしたなあ」という体感はある。のだが。私は精神的に余裕が無くなることが多く、その状態だと正常な(ここでいう正常とは、精神状態が安定している時に取っている行動の意味)判断・行動が取れなくなってしまう。という悪癖

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        記事

          人の悪意が苦手という話

          自分はインターネットが好きだ。なぜ好きなのかと理由を聞かれると、少し考えてから「自分の思い描く楽園だから」と答えることだろう。インターネットは自分にとってユートピアなのだ。 なぜそう捉えているかと言われればそれは簡単な話で、自分が現実に感じている嫌な部分に目を向けなくてすむ、文字通り現実逃避をさせてくれるからである。自分は自分という人間が好きではないのだが、インターネットを介した際の自分はそこまで嫌いではない。それくらいインターネットというものに力を感じているのだ。嫌なとこ

          人の悪意が苦手という話

          劣等感に至る所以

          誕生日を人に祝ってもらうことが苦手だ。 苦手だ、というよりは誕生日というものに対してあまり特別感を抱いていないというのが正である。所詮365日の中の1日で、他人にとっては何でもない日なのだから、「祝いを乞う」のは卑しく浅はかだ、と思うのが自分である。なので「誕生日を迎えました!」と風船の飛んだスクリーンショットをツイートしないのだ。 とはいえ、それは持論だ。持論でしかないから、他の人はツイートをする。それは自分が苦手としている人も例外ではなく。特に繋がりがある訳でもないのに

          劣等感に至る所以

          男女間の友情は成立するか

          男女間の友情は成立するかという問について。私は成立しないと思っている。正確には、「当人同士の間では成立しているのかもしれないが、それは周囲環境によって成立しなくなる」と考えている。 人は1人では生きていけないとはよく言ったもので、実際それは正しいと思う。どんな人間が周りにいて、どのように関わりあっているかということは、少なからず"自分"を決定づけるのに関与していると考えられる。 個人同士のやり取りなのになぜ周囲環境が関係してくるのかという点については、ほとんど持論である。自

          男女間の友情は成立するか

          過去を省みること、今を考えること

          年始も数日が経ち、人によっては通常営業に戻る頃。文章を書くという行為がとくに通常営業ではない私はなぜだか取り憑かれたように文を綴ろうとしている。他愛もないことばを纏めるのは、おもしろいのだ。 さて、今日は何の話をしようかと、話のネタが万年無い私は墓を掘り漁ったわけだ。するとnote内に2021/4の下書きが残されていて(下書きをずっととっておけるnoteってもしかしなくても凄いな……)、闇に葬るには勿体ないし続きを書くには時間が経ちすぎているので、書かれた文に茶々を入れていく

          過去を省みること、今を考えること

          抱負、望まない。

          一年の計は元旦にありと言うが、本当にそうなのであれば、私は今年もまた一年なにか心を動かされることがある度につらつらと文字を書くことになるのであろう。そういう人間が書く抱負についての雑文だ。 今年は「多くは望まない」ということを抱負にしたいと思っている。慎ましく生きると言い替えても、まあ、良いだろう。ただしこれはインターネットの世界に限る。それだけは注釈しておく。 さて、なぜそんな抱負を立てるのかという話について。昨年は大きな転換期であった。新しいことを始めたことに伴って新し

          抱負、望まない。

          名古屋について、一個人の所感

          名古屋って結局どうなんだと言われても。生まれてこの方名古屋で育ってきた人間でも、返答に困る。某記事を読んでも特に言い返すことは無い。こんな言い方をすると他の名古屋人に何らかの制裁を与えられそうだが、特にない。 とは言っても、工業都市であるにせよ日本の三大都市として数えられているというのもまた事実である。それなりに人口は居るし、それなりに文化も発展している。三大都市の中でも最弱かもしれないが、地方都市と比べればそこそこ戦闘力はあるのではないだろうかと推察する。別に愛知県はカー

          名古屋について、一個人の所感

          無を有にするための投稿

          一時期に自分の考えをまとめるために書いていたノートを、今の自分には必要無くなったからと消してしまってから、文章はないのに活動をしていたという記録だけが残っていた。長期間の休みというものは、無限に考える時間を生み出してしまうという点では私には向いていないのだろう。(現に、以前私が書いていたのは8月のみだった) そもそも、「自分のことを考える」という行為が美徳なのか悪徳なのかと考えると、……返答に困った。一般に、自分を知るということは自分の行動理念を論理立てて考える上で重要であ

          無を有にするための投稿