スポンジを背負ったおばさんが語りかけてきた
台所のスポンジがすり減ってきたので買い換えた。
何のドラマも予感させない日記のような報告から、物語は始まる。
買ったのは「キクロンA」だ。
キクロン株式会社が1960年から発売しているスポンジである。
累計販売数は実に8億個、並べると地球2周分にもなるという。そのまま地球を磨けそうな数だ。海洋汚染を一掃してほしい。
そして印象的なのが、パッケージに描かれている女性。
公式サイトによると、発売3年目から彼女はパッケージに登場し、以後ずっとキクロンのイメージを背負っているらしい。どこか時代を感じさせるデザインなのも納得である。
このパッケージについて、というより彼女について放置できない諸問題があるのだが、まず確認しておきたい。
彼女に名前はあるんだろうか?
検索してみると、こんなブログが見つかった。
キクロンおばさんのブログ。
キクロンの商品がメディアで紹介されたお知らせなども載っている。どうやら公式のようだ。
プロフィールのページには「名前:キクロンおばさん」とある。親戚でもない女性を「おばさん」と呼ぶのは気が引けるが、ご本人が名乗っているなら他に選択肢はない。キクロンおばさん、よろしくお願いします。
さて、おばさん。私はどうも引っ掛かるんだ。
目線がちょっと上を向いてない?
お菓子でも洗剤でもなんでもいいや、パッケージのキャラクターってだいたいこっちを見てるでしょ?なんで目をそらすの?
そこは「グッドでナイスでアメージングなキクロンをぜひ買ってね!」とカメラ目線でアピールするところだろう。
もしかして、上の方に何か気になるものでもあるんだろうか。
背景がキッチンであることを加味すると、猫が戸棚に登っててお皿を落としそうだとか、天井を破ってマントヒヒが侵入してきたとか、何かしらザワつくものを見上げているのかもしれない。
だとしても、イメージキャラクターとしての業務に集中してもらいたいものである。
で、実はもうひとつあるんだ。引っ掛かるものが。
おばさん、手に何を持っている?
そう、キクロンだ。
キクロンのパッケージに載っているおばさんが、キクロンを持っている。
さらによく見ると、小さい方のキクロンにもおばさんが描かれていて、これまたキクロンらしきものを持っているではないか!ここにキクロンの多重構造が発生しているのだ!
ということはつまり、おばさんが持っているキクロンに描いてあるおばさんが持っているキクロンに描いてあるおばさんが持っているキクロンに描いてあるおばさんが持っているキクロンに描いてあるおばさんが持っているキクロンに描いてあるおばさんが持っているキクロンに描いてあるおばさんが持っているキクロンに描いてあるおばさんが持っているキクロンに描いてあるおばさんが持っているキクロンに描いてあるおばさんが持っているキクロンに描いてあるおばさんが持っているキクロンに描いてあるおばさんが持っているキクロンに描いてあるおばさんが持っているキクロンに描いてあるおばさんが持っているキクロンに描いてあるおばさんが持っているキクロンに描いてあるおばさんが持っているキクロンに描いてあるおばさんが持っているキクロンに描いてあるおばさんが持っているキクロンに描いてあるおばさんが持っているキクロンに描いてあるおばさんが持っているキクロンに描いてあるおばさんが持っているキクロンに描いてあるおばさんが持っているキクロンに描いてあるおばさんが持っているキクロンに描いてあるおばさんが
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!
「そこまでよ!」スパーン!
おごわっ!
誰だよ、今スリッパのようなものでめっちゃビンタされたんだけど
「ふぅ、目が覚めたようね」
その声は…?
「はじめまして。キクロンおばさんよ」
お、おばさん!?
「お礼の一言もないのかしら。ピンチから救ってあげたというのに」
スリッパのようなものでビンタしといて何がお礼だよ。というかピンチって何だよ
「まだわからないの?あなたさっき、キクロンの無限ループに飲み込まれそうになっていたでしょう」
まあ、確かに
「それは巧妙に仕込まれた罠なの。一度ハマると抜け出せないブラックホールみたいなものね」
な、なんだって!?
「無限ループに飲まれてしまった人間は、強烈な吸引力に逆らえず、来る日も来る日も際限なくキクロンを買ってしまうのよ」
まさか、売り上げ8億個の裏にそんなカラクリが…
「そう、あれは60年前。今日のような暑い日だった…」
急に回想シーンに入ったな
「私はキクロンの社長から直々のオファーを受けて、パッケージ写真を飾ることになったわ」
これってイラストじゃなくて写真だったのか
「だけど、オファーの時点で怪しさを覚えたの。広告が未経験の私に社運をかけるなんて、何か裏があるに違いないと」
いや、素直にオファーを喜んだらいいのに
「そこで私は、撮影の前日にキクロンの社長室に忍び込んで、極秘書類を発見したのよ」
なんでFBIみたいな潜入スキル持ってんだよ
「恐ろしい書類だったわ。そこには無限ループ計画の全てが記されていた。
”貴婦人の手に宿る無限の深淵、それは群衆の購買意欲に紅き焔(ほむら)を灯し、食器浄化の呪術キクロンを永遠(とわ)に刻み込むであろう…”」
極秘書類が中二病こじらせてていいのかよ
「要は ”人々を無限ループに引きずり込んでガッポガッポだぜ、ぐへへ” ってことね」
要約がゲスすぎるわ
「もちろん、私だってキクロンをたくさんの人に買ってほしい。だけど、そんな犯罪まがいの行為で集客したくはなかったの」
おばさんの社長室荒らしも犯罪まがいだと思うけどな
「そこで考えたの。写真を撮られるときに工夫して、見る人の目が無限ループに向かないようにしようと」
そんなことできるか?
「簡単だわ。私が無限ループよりも目立てばいいのよ」
目立つって、どうやって?
「私にはプロダクション人力舎で学んだ一発芸があるわ。それを披露すれば造作もないことよ」
おばさん、オアシズとか北陽と同じ事務所なのかよ
「いろいろ考えたわ。
耳の穴からロースハムを出すとか、
眉毛を反り返らせてナイキのロゴを再現するとか、
こめかみの秘孔を突いて身長50mのキングコングに変身するとか」
考える以前にそんなの不可能だろ
「人力舎に不可能は無いのよ」
あるよ
「だけど、そんな形相で写真に映ったらボツになっちゃうわ」
ボツどころの騒ぎじゃない気がするけどな
「そこで思いついたの。不自然じゃない程度に目をそらすのはどうかって」
なに、目をそらす?
「あなた言ってたでしょう。目線が上を向いてるって」
そ、そういえば!あれはわざとやってたのか!
「当たり前じゃない。人力舎を甘く見てはだめよ」
すげえな人力舎
「パッケージを手にした人は、まず私の表情に注目するはず。そこで "こっちを向けよ!" とツッコませれば勝ちよ。
たいていの人はそれ以上追及しないから、無限ループに落ちる確率は激減するわ」
確かに。私も最初は表情が気になったしな
「いよいよ撮影当日。私は指示通りにキクロンを持ってポージングする。だけど目線だけは私の自由よ。
ちょうど、猫が戸棚を登ってお皿を落としそうなのを見上げるイメージね」
考えることはみんな一緒なんだな
「撮影は怪しまれることもなくスムーズに終わって、楽屋に戻ろうとしたの。けど…」
けど?
「写真をチェックしていたカメラマンが ”すみません、ちょっと目線が外れてるみたいで…” と」
うわ、気づかれたか!
「撮り直しを要求されたの。その日はカメラマン運が悪かったわね」
絶体絶命じゃないか。どう切り抜けたんだ
「そのとき私は目撃したのよ。撮影スタジオに侵入したマントヒヒを」
え、マントヒヒ本当にいたの?
「天井から悠々とぶら下がってたわ。これを使わない手はないと思ったの」
おばさん冷静だな
「とっさに "あれです!あのマントヒヒを見上げてたんです!" と指さしたわ。振り向いたカメラマンはもうびっくり」
そりゃびっくりするだろうよ。私もびっくりだわ
「そしたらマントヒヒが狂暴化して、スタジオのセットをめちゃくちゃに壊してしまったの」
ええ!?大声で指さしたから刺激しちゃったのかな
「その日の撮影は中止、スケジュールが迫ってたから撮り直しもできず、目線が外れた写真を使うことになったのよ」
マントヒヒのおかげであのパッケージができたのか。だけどマントヒヒは結局どうなったんだ?
「私が撃退したわよ」
どうやって?
「こめかみの秘孔を突いて身長50mのキングコングに変身したわ」
本当にやったの!?それを!?
「マントヒヒは見るなり縮み上がって逃げたわ。さすがに上位種の類人猿にはかなわなかったようね」
ウソはやめてくれよ
「人力舎に不可能は無いのよ」
あるよ
よく落ちます。