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岩を碎く櫻

昔むかしあるところに、ひとつぶの櫻のたねが舞い降りました。


あなたはなにを好きこのんだのか、頑屈でむきだしの、平野にひとり転がる私のなかに、わずかな罅をつたい、入ってきたのです。

最初は気づきもしなかった。


陽の光とおらぬ私のなかで、私をうつだけの雨もあなたには滴り、音なく降る牡丹の雪はあなたに届かず、風はあなたも、私もこの地につなぎとめた。


なにも、なかったこの地は、幾星霜を経て、あなたと、私だけではなくなった。

田舎ながら、この一帯だけは人どおりも多い中心地となり、まるで私のなかから生まれたかのように、すくすくとのびたあなたを、皆が見てくれるようになったのです。


あなたは美しくお育ちになった。


大輪の華咲くがごとく散りぎわ勇ましく、たくさんのはなびらが舞い、私を蓋う。

ちいさなひと粒のたねは、ひとつぶであったあなたはいつの日にか私を、あなたは私を、見守るようにおおきくなった。


あなたを仰ぎみるたび、透けた肌から漏れる陽光はやわらかく、のどかな宵に月を彩るあなたに酔い。
刺すほどつめたい雨風はあなたをとおして。
ともに項垂れたまま雪にうたれ凍え埋もれ。
ただじっと陽のちからが戻るのを待ちつづけ。


ただひとつだけ願い、いつの日にか私は、まあるく、削られ、いくぶん小さくなりました。


あなたのことばが噓でなければいい。ただそれだけを願ったのですよ。


時を経てあなたが、ひとの手を借りなければ冬を、寒暖の差の激しいこの地をもう、すごすことが難しくなったとしても。


ひとひらが大輪の華のようには咲かずとも、血の気のかよわぬおさなごのように、まっしろな花弁が、てんてんとのみあり、もう防げぬ風雨があなたをいため。
年月はもはやあなたと、私とは、いてくれなくなったとしても。


あなたは私の軀を碎き、心を抉ってあらわれた。
ずっと一緒にいてくれる。誓ったじゃありませんか。


あなたは私をおいて、ひとり朽ちておしまいになる。


たったひとりでここにいろというのですか。
あなたを抱きながら、苔のむすまで生きたとしても。


もう誰も、見てはくれなくなったとしても。